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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第24章【Cleanup】クリンナップ
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6 さよなら、サウザス

 昨晩、静まり返っていたサウザスの商店は、翌日になってまた生命活動を開始していた。

 列車の運休により、市場には新鮮な食べ物は少なかったが、備蓄していた缶詰を売り出していた。食糧を自給できないサウザスでは、いざという時の保存食を溜めこんでいるのだ。コスタンティーノ兄弟は全員まだ警察の元にいたので、エリナ婆さん主導の市場互助会が頑張っていた。

 鍛冶屋のせがれでショーンの幼馴染・リュカは、缶詰と日用品を買い足し、『鍛冶屋トール』に帰っていった。

「ただいま……あれ?」

 そこには意外なお客さん——紅葉がいた。


「これで武器を売って欲しいんです」

「103ドミーしか入ってないじゃないの! ウチじゃ小刀だって買えないわ!」

 リュカの母親であり、鍛冶屋店主を務めるエマが頭を抱えていた。

「じゃ、ローンでお願いします」

「ローンって……あなたに返せるアテあるの⁉︎」

 エマがどんなに怒鳴ろうと、紅葉は出ていきそうにない。湖の底のような、黒い冷たい目をしている。

「なんで武器が要るんだよ、紅葉」

「お願いリュカ。事件の犯人を追いかけるの。強くて壊れない武器が欲しい」

「このあいだ持っていった甲冑像の斧はどうした?」

「コンベイで折れたよ、真っぷたつに」

 2階で作業していたオスカーが、騒ぎを聞きつけて降りて来た。

「…………武器か……」

 装飾武器の職人にしてラヴァ州一の天才鍛冶師、オスカー・マルクルンドは、ゆっくりと店の中央に足を運んだ。

「オスカー待って、それは……!」

 中央のガラスケースには、彼の最高傑作である【鋼鉄の大槌】が納められている。

「……これを持っていきなさい」



「小娘の民族——あれは跳牛族(とびうしぞく)の特徴に似ている」

「跳牛族ですか……じゃあなぜ長年分からなかったんですか?」

「跳牛族は、短く細い尾をもち、脚の筋肉が発達し、長い円錐角と三角の耳を持っている……すべて当てはまらないからだ」

「はぁ?」

 ショーンは掃除の手を止めて、ペイルマンの方を見た。

「じゃあ、どの辺で判断したんですか」

「角の生え方が似ている。ただし短い。もし跳牛族だとしたら、おそらく5、6歳ほどで成長が止まっている」

 跳牛族はサウザスにはほとんど居ない民族だ。唯一ショーンが知っているのは、事件を起こして逃げた警護官、レイノルド・シウバ。

「発育不全ってことですか……紅葉は10年前、列車に轢かれて大怪我をしてるんです。そのせいかも」

「……フム」

 ガシガシと、ペイルマンは頭を掻いた。


「とはいえ、尾の生え方も、耳の構造も、跳牛族とはぜんぜん違う。単純に尾っぽと耳だけ見れば、一番似てるのは短尾系の猿族だな。ただこれも発育不全なら、本来は長尾の可能性もある」

「サル……? 猿って……角は生えませんよね」

 ショーンは自分の猿の尻尾を振った。茶色で長く細長い。紅葉にも実は尻尾が生えている。チョロっとお尻から生えた、薄茶色で太くかわいい尻尾……。

「現存する猿族では、キメラ民族である羊猿(ようえん)族だけだな。ただあの角の生え方は羊ではない。耳も違う。ついでに角が光ったりもしない」

「……そもそも角が光る民族なんて、あります?」

 紅葉の二本角。普段は生成り色をしているが、感情に合わせて淡く光る。

 あんな角を持った民族なんて——

「ない。現代では失われたキメラ民族か——それとも怪物か」

 ペイルマンが独り言のように呟く。ショーンの真鍮眼鏡の奥が光った。



 紅葉は静かに【鋼鉄の大槌】を手に取った。

 製作者ですら重たく感じる、黒々とした鉄の塊は、驚くほど彼女に馴染んだ。

 エマが「うちの家宝なのよ!」と騒いでいたが、リュカが押しとどめた。

 紅葉は軽く柄をふり、体のまわりをグルッと一周させた。流れる彼女の黒髪に沿って、黒い大槌が流星のように宙を舞う。

「良いですね」

「…………この子は、ずっと求めていた……己の所有者を……大槌ミョルニルが、軍神トールを求めたように」

 太鼓隊の服に身を包んだ紅葉の腕に、【鋼鉄の大槌】は相棒のように納まっている。

「おいくらですか?」

「……金はいらない……値段はつかない…」

 その代わり、とオスカーが膝をついて紅葉に頼んだ。

「多くの……サウザスの者が傷つき、亡くなった……駅にいた者たち……町長……店に取材に来た新聞記者も………。この店で一番強い武器だ……この子を冒険のお供にしてくれ!」


 オスカーの専門は装飾武具である。

 装飾武具は武器ではあるが——戦うための道具ではない。

 それを誇りにしてきたはずの父が、戦うために使ってくれと頭を下げている。

 どれほど心を痛めたのか、もどかしい想いをしていたのか——リュカはごくりと息を呑んだ。

「オスカー、何を言ってるの! 紅葉ちゃんに仇討ちさせる気? 絶対ダメよ、危険だわ!」

 母親であるエマが、リュカの腕を押しのけ、叫んだ。

 だが、紅葉は……自分の武器を手に入れた紅葉は、何でもないように笑っていた。

 赤い牡丹の角花飾りが、風に揺れる。

「私だけじゃありません。ショーン・ターナーが——この町のアルバ様が、ついていますから」

 青い炎のような笑顔は、凛々しい女神にも、恐ろしい怪物のようにも見えた。



「——とにかく、僕は紅葉と一緒に旅に出ます。【Faustus(ファウストス)の組織】を追ううちに、彼女の素性も分かるかもしれない」

 ショーンは再び手を動かし、部屋の片付けを再開した。

「ファウストスか——ふん、小洒落た名前をつけおって。犯罪集団のくせに」

 ペイルマンが苦々しそうに椅子をギイギイ鳴らす。

「……本格的に調査するなら、州を跨ぐことになるな。ちゃんと許可は取ったのか」

「ハイ。昨日の夜、州警察に頼んで、フランシス様と連絡が取れました。僕を【帝国調査隊】にしてくれるそうです」

 ショーンが事件の直前、フランシスに送った手紙——帝国調査隊になれないか相談していた手紙だった。あの時点では与太話に近かったが……幸か不幸か、今回の件で実績ができてしまった。

「治癒師はやめるのか。いいだろう、お前さんには向いていない」

 ショーンは軽く笑った。「そうですね」と積まれた本の分別していく。ボロボロの『火傷 -民族別治療法-』は、せっかくだから手元に持っていよう。ヴィクトル院長には本屋で注文した新品の方を返そう。


 部屋のものを一つずつ、思い出とともに片付けていく。

 もうこの部屋でお菓子を食べ、お茶を飲み、太鼓を聴きながら眠ることはない。

 サウザスの人達とも、もう二度と会うことは無いかもしれない。


 でも、すでに心は決まった。


 僕の手には、紅葉(もみじ)と、【星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム】がある。



 24章 サウザス編終了

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