5 事件の長いながーい説明
10年前の10月12日の早朝、少女がサウザス駅で線路上の柱に吊るされて発見された。それがこの列車にも乗車している紅葉である。第一発見者はのちにサウザス駅長になったコリン運転手。少女は列車に轢かれ重傷を負ったがアルバによって治療された。しかし記憶を失っており犯人も身元も不明なまま、事件は迷宮入りとなった。
ちょうどその頃、長年サウザス町長を務めていたカルマ氏が引退し、ユビキタス校長が選挙で選ばれた。だがユビキタスの代でサウザス財政は一気に悪化。1期目の4年間で彼の代は終わり、次の町長はサウザス銀行頭取であるオーガスタスが選ばれた。彼は長年の調査により、急激な財政悪化はユビキタスの横領によるものと突き止め、2週間前ラヴァ州へ内密に報告していた。
一方、オーガスタスも部下に対して問題行動を繰り返していた。3年前に当時の第3秘書であるエミリオに対し、尻尾を叩きつけるという暴力行為により歩行障害を負わせてしまった。事件現場はレストラン『デル・コッサ』。この事件により甲冑が破損し、オーガスタスの尻尾に深傷ができた。またレストラン『ボティッチェリ』にも同型の甲冑があり、エミリオの実兄であるコスタンティーノ兄弟が経営している。
本年3月7日夜9時、レストラン『ボティッチェリ』の2階個室にて会食が行われた。その場にいたのはコスタンティーノ兄弟、オーガスタス町長、警護官レイノルドとバンディック。後に兄弟の自白により、クレイトの香辛料商人が内部におり、宴会で酔わせて薬を盛り、帰宅前の町長をサウザス外へ連れ出す計画があったと判明した。
同日夜11時頃、町長と警護官が役場へ帰還。町長は町長室に入り、警護官は町長室前に待機していた。翌8日夜1時頃、町長室の窓が閉じられた状態で、町長が消えていたのを発見した。役場内で捜索が開始。同3時頃にサウザス警察へ通報、役場一帯を捜索するも見つからず、同6時半、サウザス駅の線路上の柱に、町長の尻尾が切断された状態で発見された。尻尾は列車に轢かれた状態で回収。尻尾は先端部が失われており、古傷からオーガスタスと判断された。
ここで州警察が介入し、尻尾の切断事件と町長の捜索が始まった。州警察の判断により、ユビキタスと警護官が拘束される。3月8日夜に、帝国調査隊クラウディオの捜査によって、町長室の窓から呪文痕が発見。翌9日昼、サウザス在住のアルバ、ショーンにより、サウザス学校で同様の呪文痕と、ユビキタスの魔術書が発見される。ユビキタスへの容疑が固まる。
同9日夜、新聞記者アーサーの調査により警護官の経歴詐称が発覚。時を同じくしてレストラン『デル・コッサ』『ボティッチェリ』の大規模捜査中に警護官が逃走。これにより3月10日未明、ラヴァ州警察とクレイト市警の間で、ユビキタスの護送が決定された。2人のアルバと伴に護送中、同日昼12時のコンベイ地区郊外にて、木の葉の仮面をつけた謎の魔術師に襲撃された。アルバの活躍によりユビキタスの強奪は阻止、魔術師は逃走した。
同10日昼、サウザス東区にて新聞記者アーサーが元第3秘書エミリオにより殺害。エミリオは記者自宅に放火して逮捕された。エミリオは歩行障害が回復しており治療者は不明。彼は事故以降、『ボティッチェリ』の屋根裏にて2階個室を盗聴していた。またユビキタス校長および警護官レイノルドとは暗号で連絡を取っており、コスタンティーノ兄弟に町長殺害計画を持ちかけていた事が発覚した。
また10日夜、役場警備マルセルが、公営庭園の周囲が一時的に匂いがなかったと指摘。アルバが庭園地下で消臭呪文が使われたと推測した。庭園地下にはサウザス創始者ブライアンの石棺室があり、地下室内で尻尾が切断されたオーガスタス町長が発見された。町長は一命を取り留めたものの意識の回復が待たれる。捜査により、尻尾の切断は地下室内で行われた事が発覚した。ただし尻尾の先端部は『ボティッチェリ』の宴会中に、何者かにより深く切りつけられている。
そして本日11日の昼すぎ、モイラ新聞室長がコリン駅長の犯行に繋がる証拠を突きとめ、列車に乗ろうとする駅長夫妻を駅手前で呼び止めた。証拠はコリン駅長宅の庭で発見された町長の尻尾の先端部である。モイラ室長の推理中に、コリン駅長は駅を爆破した。現在夫妻は行方不明、死傷者は10数名にのぼる。サウザス駅は封鎖され、現在州警察を乗せた貨物列車が、サウザス駅手前にある貨物駅に向かっている——。
オールディスの長いながーい説明が終わった。
時刻は夜8時過ぎ、列車はクレイトとサウザスの中間地点、コンベイを走っている。
警官は真面目に聞いている者が大半だったが、何人かは舟を漕いでいた。
ショーンと紅葉は、知らない情報が出てくるたびに、身を寄せあい、覚悟して聴いていた。
「アーサーさんが死んだ……モイラさんはどうなったんだろう……」
紅葉が新聞室の身を案じる一方で、ショーンは聞きおぼえのない情報を拾いあげていた。
「……クレイトの商人だって?」
この事件がはじまる前々日の銀曜日、リュカの火傷を治した日に、クレイトから来た香辛料売りの話を聞いた。
そして次の日の火曜日、市場へ行って凄まじい匂いの香辛料売りを見た。顔を隠していたクレイト商人、夜の砂漠を模した絨毯、絨毯の左右には黒い三日月の形をした立派な斧があった。
「……あれか⁉︎」
ベルナルド監察医が尻尾の切断に使ったという、斧のようなものの正体。
ボティッチェリの甲冑像でもデル・コッサのものでもなかった。
あの黒い三日月の斧が、犯行に使われたのか——!
「どうしたの、ショーン」
「……町長事件の前日に、特別市で香辛料売りがいただろ」
首を傾げる紅葉に、ショーンは彼らの風体と、犯行に使われた凶器の見解を語った。
「そっか、凶器はあの人たちの斧だったんだ……待って、犯人多すぎるよ。コスタンティーノ兄弟とユビキタスはなんだったの、コリン駅長は?」
「みんな犯人だよ、それぞれに役割があったんだ。
コスタンティーノ兄弟は町長の接待を。
警護官2人は町長の誘導。
ユビキタスは町長を公園地下へ隠し、
クレイト商人が尻尾を切断した。
コリン駅長が尻尾を駅に吊るし、
そして、エミリオがアーサー記者を殺した……」
ショーンは一本ずつ指をおり、犯人たちの顔を思い出しつつ説明した。
「……なるほどね。じゃあ町長を役場から攫ったのは誰なんだろう。警護官はずっと部屋の外にいたらしいし……やっぱりユビキタスなのかな」
「いや違う。オーガスタス町長が自分の足で逃げたんだ。彼の祖母はアルバの家系で、軽微な呪文を使えるらしい。警護官たちが町長を攫う前に、呪文で窓を閉めて自ら失踪しようとした。でも結局、逃げてる途中で犯人の誰かに捕まったんだ……酔ってたし」
「はぁああ、町長が呪文——って何それ! 私知らないよ⁉︎」
紅葉は急にキレて叫んだ。
「いやさっきフランシス様に教わって……」
「何でそんな重要なことさっさと言わないのよ、バカじゃないの⁉︎」
紅葉にけっこうな勢いでブチ切れられ、ショーンは先程の満月湖のロマンチックな雰囲気が穢された気がしてショックを受けた。
「そんな怒んなくたっていいじゃないか!」と同様の剣幕で騒ぎだし、
「——車内で騒ぐな、バッカもん‼︎」
ふたりともペイルマンから更に大きな声でキレられた。
「——町長室の呪文は町長だとして、じゃあ、学校に残ってた呪文痕は何だったの?」
紅葉は落ち着きを取りもどし、再びショーンに小声で話しかけた。
ショーンが9日水曜に、マナ視認呪文 《ロストラッペ》で見つけた、校舎の窓に多量に残っていた呪文痕。発見当初は、事件の重要な手がかりだと驚喜したが……今となっては非常にわざとらく感じる痕だ。
「それは流石にユビキタスだと思う。うーん、多分……わざとじゃないかな」
「わざと? めちゃくちゃ証拠残るじゃない」
「そもそもユビキタス自身が犯人だと目立つような動きをしてる。町長室の鉄格子を撤去していたり、自宅の書類を処分していたり……なのに自分の【星の魔術大綱】はヴィクトル病院長の書斎に残していたり……」
「何でそんな!……他の仲間を逃すため?」
「オーガスタスに横領の証拠を掴まれてたから、自分は逃げられないと分かっていたんだ。現にクレイト商人、警護官、コリン駅長は逃げ果せ、エミリオはアーサー記者の殺害を遂げている」
「……アーサーさんは、この事件は『アルバの実力を見るため』に起こされたって言ってた。それがそうなの?」
「実力って……それが本当なら壮大すぎるよ……確かに、僕にショックは与えたけど……」
アルバ崩れの組織の実態と、病院長ヴィクトルの話が本当なら、
ユビキタスはショーンに対して、劣等感があってもおかしくない——だが、事件の原因が自分にあるなんて、絶対に断固として考えたくなかった。
「………………」
ショーンと紅葉は喋るのをやめ、しばらく前を見つめていた。
大物の首根っこを押さえたら、胴体と四肢と尻尾が散り散りになって逃げられた気分だ。首の討ち取りは重要な戦果の証だが……幻怪の首を取っても実体は得られない。
周囲の警官たちは、事件についてオールディス警部補に質問したり、仲間同士で話し合ったりしていた。クラウディオとペイルマンは、既にグースカ眠っている。
「ちょっと休もう……紅葉」
「……うん」
列車はガタンゴトンと貨物を揺らし、唯ひたすらにラヴァ州の線路を走っている。
まだまだ疑問点は山ほどあったが、来たるべき狩りに備えて、今は頭と体を休める事にした。




