4 ブライアン・ハリーハウゼン
「ブーリン警部! そこで消臭呪文が使われた可能性があります」
「消臭呪文?」
「ええ、マダム・ミッキーの家事呪文です。少ないマナで使えますのでユビキタスでも扱えるはずだ!」
「し、しかしクラウディオの調べでは、呪文痕とやらは無かったようだが……」
呪文痕とは、呪文が使われた後、その場に数日残るマナの粒子のことだ。マナ視認呪文 《ロストラッペ》で確認することができる。
「きっと残留マナが拡散しない方法が使われたんです。しかも土の匂いだけが消えていた……つまり──地下だ。呪文は地下で使われた!」
ショーンが拳を大きくふりあげた。紅葉はぎゅっと目をつぶり、ダンロップ警部の指はひときわ強く電話信号のキーを叩いた。
「警部、あの庭園にはブライアン・ハリーハウゼンのお墓があるんです。地下に隠し部屋のような空間はないですか?」
「わかった。今すぐ向かわせよう」
ドタドタと部下たちが出動する足音が、コンベイの地にも聴こえた気がした。
「えっと、あのぉ〜、ちょっといいですか」
「アントン・ハリーハウゼン君。何かご存知なのか?」
なんだ、アントンもいるのか。ショーンは鼻を鳴らした。人を介した電信下でも、間延びした声で聞こえるのは不思議なものだ。
「はい、あーえっと、お墓の下に地下室はありまぁす。ボクのご先祖さまなんです。ブライアンは」
「——何だと⁉︎」
チッ、まさかアントンがこんなに重要な秘密を握っていたとは。
(最初にもっと根掘り葉掘りきいておけばよかった!)
ショーンは己の羊角をがりがり掻いた。
「毎年7月の初めにサウザスの勃興祭があるんですけどお、ブライアンの子孫は、あらかじめ前の月に地下室へ行って、ブライアンへ祭りのお伺いを立てるんです。町長と神官長と一緒にね。地下室にはブライアンの棺が安置されてて、そばには火の神様の像もあって、えー、町の繁栄や安全祈願をするんです」
「それはユビキタスも知っているのか⁉︎」
「はい、もちろん。その年の町長と一緒にお祈りに行きます。昔からずっとです」
「待てよ、僕はそんなの知らないぞ!」
ショーンがコンベイの地から吠えた。
「当たり前だろぉ、一般庶民に言えるかよ! 棺もご遺体もあるんだぞお、町のトップシークレットだっ!」
一般庶民はグッと黙った。ターナー家はショーンの生まれこそサウザスだが、両親は町の外部出身だ。サウザス勃興期から続く家系とは、歴史も重みもまったく違う。
「その地下室とはどれくらいの広さなのかね」
「んー、ちょっとした小部屋です。大人6人も入れば窮屈かなあ。地下室はお墓の石棺をずらして入るんだ。石館をずらすと地下室へつづく扉があって、いつもは鍵がかかってる」
「その地下室の鍵は、誰が持ってるんだ⁉︎」
「エェーっと公園の鍵と、地下室の鍵がそれぞれあるんです。公園の鍵だけのやつは役場の管理室と、庭師を代々やってるリンデル家とモロー家が持ってるんだ。ただ地下室の鍵と2本まとめてセットのやつは、ウチの保管庫と、町長室の小型金庫にあるだけ。神官長はどっちも持ってない」
「………………。」
ショーンはため息をつき猿の尻尾を揺らした。もっと早く言ってくれれば……というのは一般庶民の感覚なんだろう。創始者一家には彼らしか知らない重要事項が山ほどあって、これはそのごく一部に過ぎないのだ。
「このことを急いで公園に行った連中に伝えてくれ。町長室の金庫も開けろ。あー、ショーンさん、そして紅葉さん」
「ハイ」
「今ここで伝えるべきか判断に迷うが……緊急事態だ、仕方がない。伝えよう」
「伝える、とは……?」
改まって姿勢を正すブーリン警部の姿が目に浮かぶ。
ユビキタスの護送の件だろうか。それとも他に何かあったのか。
「今日の昼、新聞記者のアーサー・フェルジナンドが、
元町長秘書のエミリオ・コスタンティーノによって、
東区の一画で殺害された」
「え……っ」
ショーンは狼狽した。
天井を見つめていた紅葉が、ついに寝台から起き上がった。
「君たちはここ数日、彼と接触していたと聞く。何か知っていることはあるかね?」
ズンズンと床が揺れ、ドクドクと天井から音が鳴る。
それが心臓の鼓動だと気づくのに、ショーンはしばらく時間がかかった。




