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見過ごされた街・5

新書「見過ごされた街」5


砂煙を掻い潜りながら、俺は頭上のグラナドに叫んだ。

「いいから、行け!後から行くから!」

直も躊躇う彼に、

「怪我人がいるだろう!君の民だ!早く!」

と促す。グラナドは、

「直ぐ戻る。」

とようやく言い、森の窓、薄暗い中に浮かぶ、ただ一点に向い、転送で消えた。


   ※ ※ ※ ※ ※


昔は森の中には、はっきりした道があった。今は転送装置があるので、道が使われなくなっていた。一応、舗装したらしく、石畳が草の間に見えるが、街に向かう一本の筋として、道を捉えるのは、難しかった。心配していた幻覚はたいした物は出ず、昔に比べて、再現率も低かった。クミィが追っていた悪党は、幻覚に夢中になって足止めされた、と聞いていたが、正直、そのレベルではない。以前は全身像を再現していたが、今は、幽霊のような半身像だ。

かえって不自然に思い、警戒すべきか、グラナドにそれを問うと、

「その連中は、騎士でも魔法官でもなかろう。訓練された俺達と、一緒にするなよ。」

と、手短に言われた。


当初は、四回の転送で街に出るはずだったが、四回目に目算が狂い、予定の斜め方向に出てしまった。街は薄暗い森の中に、灯り取りの窓のようにくっきりと見える。歩いても行けない距離ではないが、怪我人を抱えているため、転送で進む他はない。ライテッタは意識を取り戻し、自分も転送を使おうとしたが、うまく出来なかった。リスリーヌは、何かうわ言を言い、グラナドにしきりに謝っていた。バルトゥスは、意識のないままだ。

もう半分ほど街との距離が詰まれば、俺が走って助けを呼びに行くという手もあるか、そう考えた時だ。

緑の森に、金色が見えた。ルーミの幻覚を警戒したが、現れたのは、幻覚ではない。

「ルーミ…!」

そこにいたのは、ルーミだった。最後に会った時より若く、初めてここに来た時くらいの年だ。笑顔で俺に近づき、

「ホプラス。」

と呼んだ。

我に返る。声が違う。甲高く、子供のような声だ。

俺の剣はファイスの剣と違い、いわゆる「みね打ち」が出来ないから、魔法で軽く突き飛ばした。偽のルーミは転び、その刺激で、「外側」が蒸発した。

「やっぱり、ばれるか。」

転んだ人物の傍らから、一人出てきた。ソーガスだった。

「外側は完璧だったんですがね。ダリル画伯の絵が元ですから。」

白マント、ルヴァンもいる。もう一人、十五、六くらいの、最北系の少女がいた。彼女は

倒れた少年(だいたい同じくらいか。彼も最北系)にすがり付き、揺すったが、意識は回復しないようだ。

純粋な幻覚ではないと思ったので、手加減したつもりだった。少女が泣き出したので、俺は一歩出た。しかし、グラナドに

「迂闊に動くな。」

と止められた。

「すいませんが、殿下、今日は、貴方と戦いたい訳じゃないんですよ。」

とルヴァンが言った。

「私達が用事があるのは、そっちの、『上から来た騎士』の方でしてね。大の男を昼日中から拐うなんて、効率が悪いと抗議したんですがねえ。で、大人しく同行してくれませんかねえ?」

俺は無言で剣を構えた。背後のグラナド達を守るために。彼は、

「出来ない相談だ。」

と言って、風の盾を出し、三人を守る。その背後からは、意識のあるライテッタが、ソーガスを見て、

「ソーガス…この目で見るまで信じられなかったが…。」

と言った。ソーガスは、やや曇った表情で、

「大隊長…。」

と言ったが、目を反らし、剣を抜いた。ルヴァンが、

「色々、ある相手で、やりにくいのはわかるが、しっかりしてもらうよ。」

と、ソーガスに声を掛けた。ソーガスは、ぶっきらぼうに、

「解ってる。」

と答えただけで、ルヴァンを見ない。

ソーガスは、前はライテッタの隊にいたのだろう。ライテッタは、自分も剣を抜いたが、かなりふらついている。

「お前たち二人で、俺達に、叶うと思ってるのか?怪我人を守ってても、余裕だ。」

グラナドはこう言ったが、背後を考えると、互角くらいになるかもしれない。まず、逃走を目指したいが、森に残してきた仲間も心配だ。しかし、俺が目的なら、俺が引き付けて、グラナド達を逃がせるか。ルヴァンが、

「そうでしょうねえ、でもだから、特別に…。」

と、言いかけた時、彼を遮り、叫び声が響く。傍らの少女、倒れた少年にすがっていた彼女が、泣き叫びながら、「爆発」した。

途端に、「世界」が崩れた。

足元の土が、一気に、無くなったのだ。俺は、自分の背丈の二倍ほどになった、段差の下に引きずられた。グラナドと、怪我人三人は、上にいる。

ルヴァンとソーガスは、俺と一緒に、滑り降りていた。少年と少女は、どこにいるか、わからない。

「だから、反対したんだよ、俺は。カイナルとブランシュみたいなのは。あんたもだろう、ソーガス。言わなかったが。」

「他に手があったか?仕方ない。どっちにしても、止められない。」

「仕方ない、で、今、これなんだよ。」

ルヴァンは、砂ぼこりを払った後は、あっさりと、

「今日はここまで。」

と、転送で逃げた。待てという暇もなく。俺は、続いて撤退しようとするソーガスを止めようと、剣を構えた。

「やめときましょう。」

彼は妙な笑顔を向けた。

「こっちも想定外でね。あなた方も、早く逃げないと、困りますよ。どこに着くか、これじゃ、保証出来ない。」

これまた、転送で逃げた。入れ違いに、俺の所には、グラナドが降りてきた。彼は俺を上に連れついくと、

「さっきの爆発の後、女の子の姿がない。男の子は、気絶しているだけだが、体温が低く、顔が青い。原因はわからないが、心臓の動きが、やたら遅い。死んだと思ったらしいな。。」

と説明した。ライテッタとリスリーヌは、再び意識を失い、バルトゥスは、相変わらずだ。

「この子も運ぼう。」

と、俺は少年を抱き抱えようとした。

俺は、再び、引摺り落とされた。穴の底は暗く、中心から、土色の触手が出ている。木の根のようだ。魔法剣で凪ぎ払うと、一瞬怯むが、動きは素早い。足をとられ、土壁に縫い付けられる。

根の中心に、穴がある。その向こうは見えない、底無しだが、その奥に、俺は「覚え」があった。

これは、移動用のゲートだ。超越界からワールドに、ワールド間の移動時に、一瞬に感じとる、狭間の世界。いや、正確には、ゲートを真似て、もっとベーシックな技術で作られたものだ。ソーガスが、行き先が保証できなくなった、と言っていた。彼らの本拠地に安全に連れていくつもりで開けた穴が、術者の暴走により、危険な「びっくり箱」になった。

対策を練る間に、砂煙が上り、グラナドが俺を呼ぶ声が霞む。

「大丈夫か、今…。」

「駄目だ、降りるな、君は行け!」

「何言ってる?!」

砂煙を掻い潜りながら、俺は頭上のグラナドに叫んだ。

「いいから、行け!後から行くから!」

直も躊躇う彼に、

「怪我人がいるだろう!君の民だ!早く!」

と促す。グラナドは、

「直ぐ戻る。」

とようやく言い、森の窓、薄暗い中に浮かぶ、ただ一点に向い、転送で消えた。

見送った俺は、足に絡んだ触手を、素早く切った。グラナドが戻るまで、時間を稼ぐつもりだった。万が一、間に合わなくても、俺は「移動」に耐性がある。穴が、俺の考えているような物なら、なんとかなるかもしれない。

しかし、触手は、切れば切るほど勢いは減らしたが。だんだん、人の腕のように、生々しくなっていた。そして、とうとう、切ったら血を吹き出した。

触手の中心に、少女の顔が見えた。顔の下は、暗い穴だ。心臓部が、大きくえぐられたみたいに見える。顔は、俺を向き、涙の目が、真っ直ぐに見てきた。

≪助けて…≫

少女の目は、緑だった。


一瞬の油断、幻覚にすらならない物に捕らわれ、俺は、底に引摺り困れた。


呼び声が、遥か遠くで、こだましていた。


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