お約束展開にはならないらしい。
目の前には黒服を綺麗に着こなしている初老の紳士ぽい人?
『ぽい』とハッキリしないのは、シルクハットを下ろし、丁寧に頭を下げ挨拶する彼には顔左半分が包帯で巻かれている。その包帯から覗くシルバーグレイの髪が風がないのに揺れ、共に覗く牛角と、スノーホワイトな瞳が人でない事を物語っていた。あと、あまり目立ったシワが見当たらない顔立ちで、若い頃はイケメンだと思う。それより、かなり気になるのが得体の知れない悪臭だ。
生ゴミの腐敗臭を香水等で誤魔化しているみたい。
失礼だから我慢するも顔が歪んでしまう。それでも手で鼻を押さえなかった自分はよくやったと褒めてやりたい。
『お初にお目にかかります。島宮葵さん。この度、こちら側の不手際によりご迷惑をお掛けしまい、大変申し訳ありません。』
私の内なる格闘を知ってか知らずか、黒紳士は恭しく胸に手をあてて頭をさげる。挨拶は後でいいから、とにかくこの臭いから逃げ出したいが、どうにも身動きが取れない。
ヤバい!ヤバイ!とにかくやばい。息苦しく、ここに来て命の危機を感じる。
仮に今死んでなくても、このままだとホントに死ぬ~~誰か助けて~!
「アスタ様、アスタ様の瘴気により、人間で耐性が皆無でいらっしゃるアオイ様は耐えきれぬかと。少々、距離をとって頂きますか?」
内心焦りまくる私と黒紳士の間に小さな助け船が現れた。
「さて、アオイ様。こちらの鼻輪をお使いくださいませ。あなた様を不快にさせている臭いは消え、消滅を逃れられます。」
差し出された金色の輪。伸ばした手が一瞬止まり戸惑う。あれ付けたら私をいメーシしたら牛みたいでカッコ悪い。精神的に終わりそうだ。でも、背に腹は変えられない。
......そうだ!カッコ悪いだけなんだ!
今まで、『クールでカッコよく』をモットーに生きて来た。そうすれば、何か変わるはずだったのに、全然いい事なかった。変わらなかった。
もう、どうせ疲れるだけならカッコ悪くても、好きなように生きてもいいんじゃない?
あ!私いま、生きてるって言っていい状態?
消滅する直前でしたわ!足先が綺麗に無くなりつつあるわ!
慌てて差し出された鼻輪を着用した。途端にあれだけ辛く息苦しかったのが嘘のように消え、体が軽くなったようだ。見た目はどうでも効果覿面だ。 深呼吸をし、やっと落ち着きが戻ってきた。
「ありがとう」と目の前の男の子にお礼を言う。
彼は青黒い和服を綺麗に纏い、宝石のタイガーアイを思わせる瞳と短い髪。『海外バージョンの座敷わらし』というのが私の第一イメージだ。小さいコウモリの翼をこれでもかと羽ばたかせているの姿は萌える。多少、事務的な棒読み口調ではあるが。それも、萌え要素の一つであろう。
『そうそう、忘れてしまいました。流石セルちゃんです。 やっぱり、この体は不便ですねぇ~。それとも、人間が弱すぎだけかもしれませんがね』
「アスタ様、重ね重ね申し上げますが、念話は不要のようですよ?」
多少、黒紳士を邪険に扱った男の子が一瞬顔を歪めたと思ったが多分、気のせいだろう。
話の流れで<念話>って出てきたよね?
それって、頭の中で聞こえた声の事ですよね!?私、会話をしているつもりでいましたよ!思った事がそのまま相手に伝わるって!マンガ等でよく見る悪魔の力って事でしょ!?コワ!
「改めて挨拶をさせて頂きましょう !ワタクシ、葵さんの後見人を務める事なりましたシリウス-アスタロット。こちらは、使い魔のセルパンと申します。」
今度は普通に言葉が耳で聞き取れた。考えてみたら悪魔の世界で、ブライバシーも有って無いようなものだろう。
私は未だ焦り、てんてこ舞いな内心を取り繕い、アスタロットと名乗る悪魔と話を進め、現状把握が一番大事だし!
「申あげにくいのですが...アオイ様の幽体離脱に関しまして、命数管理局の不手際でした。」
前置きはどうあれ、アスタロットから語られる内容は、悪魔達の『不手際』についてだった。