79.戦場からもたらされた禍
ウェスティリアとシュピーレンの国境で起こった戦いは、三か月ほどで終結した。
ウェスティリアが勝利し、シュピーレンの領土の一部がウェスティリアに割譲され、アイオライトも賠償金を支払われることとなった。
アイオライトが戦場になったわけではないけれど、派兵していた兵士からは死者も出たし怪我人も出た。
ただそれは、わたしが思っていたより少なく済んだ。
この世界の人たちに、「空を飛ぶ」という発想がなくてよかった。
シュピーレンの技術力があれば、燃料はともかく戦闘機は作れてしまうだろうから。
王城にも、王都アダマスにも、そしてどこの地方にも、戦場から帰ってきた元志願兵たちがいる。
貴族たちも義務として戦場へ行っていた。
国民の感情を考えると、シャロンの結婚はまだ先にしたほうがよさそうだ。
***
戦場から帰還した男たちが持ち帰ってきたのは、怪我だけではなかった。
最初の発症者は兵士ではなく、荷物持ちの中年男性の家族。
貧困層の彼はしかし兵士としては年齢が高く、荷運びの軍属として働くことになった。
兵士より給料はよくないが、王都の船着き場で荷下ろしをするより数倍の給金が稼げる。
またシュピーレンからの輸入物を載せた船もなくなり、荷下ろしの仕事も減っていて、彼は妻と四人の子供を養うために従軍したのだ。
彼はアイオライトの主力部隊に付き、前線にいた。
砲弾がすぐ横に飛んできたこともあったという。
幸い彼は生き延び、王都に帰ってくることができた。
彼は俸給をすぐに使いきることはせず、毎日の食事に卵や少しの肉を足しただけだった。
発育が悪かった子供に栄養をとらせたかったのだ。
あとはそれぞれ一枚ずつ下着を買った。
荷下ろしの仕事にも復帰し、質素な生活を続けようとしていた。
彼が王都に戻ってきた二週間後、子供が四人とも、体に黒い斑点ができたその日に死んだ。
彼と彼の妻は驚き、嘆き、困惑した。
子供を診た町医者は、黒死病だと言った。
彼はその病名を聞いたことはあったが、いったいなぜそんな悪病に自分の子供がかかったのか分からなかった。
町医者はすぐに役場に報告し、四人の子供は法律によってその夜、深く掘った穴に埋葬された。
そして彼の家、船着き場の近くの狭いアパートの一室は、彼とその妻を中に閉じ込めて封鎖された。
部屋の扉の前には監視員がつき、アパートの住人は恐れながらも他に行くところもなくそれまで通りに生活するしかなかった。
当然のことながら四人の子供だけの犠牲で済みはしなかった。
子供の埋葬が終わってすぐ、悲しむ間もなく荷下ろしの男本人がぱったりと倒れて死んだ。
町医者が薬を飲ませていたが、病魔はそれより強力に男の身体を蝕んでいたのだ。
男の妻は家族を失い狂い死にした。
貧乏人の一家が全滅したと聞いても、役場はまだ他人事だった。
黒死病は、病人を隔離さえしておけば鎮めることができると思っていた。
それに役場勤めはまだ、自分たちとは違う貧困層の病気だと信じ込んでいたし、予防薬を飲んでいれば防げると高をくくっていた。
それは間違っていた。
死んだ男が働いていた船着き場の荷下ろし人夫の数人に黒死病の症状が現れた。
その人夫たちの家族や通っていた酒場でも、高熱を出したり黒い斑点が出たりした人が多く出た。
役場はひとまず感染者の家に監視員を配置したが、路上でいきなり倒れて死んでしまう患者はどうしようもなかった。
その者たちはまさか悪病が己の肉体の内に潜んでいるとは思わず普段の生活をしていて、無意識に悪疫を広げていたのだった。
一地区で猖獗を極めた黒死病は、着実に王都内に蔓延っていた。




