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78.王女の婚約


軍事大国から芸術の国へと転換しかけていたウェスティリア帝国は、軍事大国に戻った。

地形的にウェスティリアに守られる形となるアイオライト王国からは、ウェスティリアとの連合軍としてシュピーレンとウェスティリアの国境に兵を送っている。

国境線では硬直が続いていて進展はないけれど、いつどのタイミングで始まるかは分からないだけで、確実に戦争は起こる。




「まだ信じられない」



シャロンがぼんやりと呟いた。


シュピーレン国籍の者の締め出しはほんの一か月前。

思っていたより早かった。ウィルと別棟で話してから十か月。

派兵を決めたのは発足したばかりだった国民議会。

貴族会議からその機能を受け継いだ国民議会が開会している間に、シュピーレン国がその隣国ライヘンバッハに侵攻しようとしたのだ。

ライヘンバッハが迎え撃って侵略は免れたが、それで一気にシュピーレンは要注意国となったし、現にウェスティリア国境にシュピーレンの主力だろう軍隊を置いているからもう明らかに戦争する気にしか見えない。


どの国もシュピーレン国籍の者を追い出した。

それとは逆に、どの国の者も不安がって自分の国に帰ろうとした。

アイオライトもその例に漏れず、ウェスティリアに留学していたシャロンは、シュピーレンへ向かう者たちに逆らってアイオライトに帰ってきたのだ。


今、わたしとシャロンがお茶を飲んでいる庭は、別棟の裏にある小さなもの。

一本のマグノリアが、数えきれないほどの白い花をつけている。

今日のお茶は、シャロンが生まれたとき特別にブレンドした苺のフレーバーの紅茶に、ちょっと早めの苺を挟んだスポンジケーキ。


アイオライトの城の中でも、どこかしらから使用人の家族や親戚や知人が出兵しているという噂が聞こえてくる。

国境にいる兵士に送る慰安袋を、使用人たちが作っているのを見たりもする。

城内の騎士団の数も増えて物々しく感じる。

この別棟は変わりない。そもそもが質素で、人も少ない。


ウェスティリアのことをお喋りするシャロンは、留学する前より綺麗になった。

ツリ目がちなところも高貴さの要因になり、イザベル・アンヌ様から学んだだろう優美な所作が板に付いている。



「ウェスティリアはアイオライトとは違う華やかさがあったの。それにイザベル・アンヌおばあ様がモードの中心にいたから、おばあ様についているだけで色々な素材やデザインを見ることができました。おばあ様のご厚意でわたくしもたくさん仕立ててもらいましたし。お母様、今度流行っているブルーがあるでしょう? あの鮮やかなことったら! あれは化学薬品で染めてるのよ! とっても綺麗な色で……、それがたった一日二日で軍服軍服軍服! 軍服も美しくはあるのですけど、女性のドレスまで簡素なものになってしまって、天国が一変だったわ」

「落ち着いたらまた行きたい?」

「もちろん行きたい……ですけど、わたくしもそろそろどこかに嫁がなければなりませんよね」



ユアンの次はシャロンの結婚。

前世で読んだ漫画にはそんなの描かれていなかった。

わたしは、わたしたちは、もうあの世界とは違う現実にいる。

これはこれで大変な現実に。



「そうね」

「ウェスティリアへの留学をお許しいただきました。本当ならあのマリカの国際会議のときにどこかへ嫁ぐべきところを。わたくし、お父様とお母様にお導き頂けるなら、どこへでも参ります」



シャロンの縁談は、ウィルとも相談した。

考え得る限りで最良と思える相手を選んだつもりだ。



「心配しないで。ウェスティリアの公爵からそのお話がきてるのよ」

「ウェスティリアから……? わたくしてっきり……」

「シュピーレンかその辺りの国に行かされると思った?」

「はい」

「ウィルもわたしもあなたが可愛いの。できるだけ近くにいてほしいわ」



人質のように嫁がせるなんて出来ない。

本人も気に入っているウェスティリアの貴族、それもウェスティリアとアイオライトの王家の血が流れているシャロンと同等の血筋の人間なら、シャロンを政治や商売の道具にすることもないだろう。



「お会いしたことがあると思うけれど、現ウェスティリア帝王の従兄弟のアングレーム公ルイ・ド・ギーズ=アングレームの子息ルイ・ジョゼフよ」



シャロンの目がぱっと開いた。

頬に赤みがさす。



「夜会で会ったことがあるのでしょう?」

「ええ、何度かダンスをしましたし、お話も」

「イザベル・アンヌ様が、シャロンはこの人なら断らないからと仰ってましたよ」



落ち着きなく瞬きするシャロンの様子に、正解だったのだと安堵した。


もちろんこれも、私情だけの結婚ではない。

アイオライトとウェスティリア両国の、軍事同盟とは別の、友好に基づく暗黙の契約だ。

前国王とイザベル・アンヌ様がそうであったように。



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