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76.大国の王、不味いコーヒーを出される


押しも押されぬ大国アイオライトの王は、今日も少々頭が痛い。


うちの息子はちょっと馬鹿なのではなかろうか。

聞けば、ロジーナに正面からぶつかったらしい。

それで得た答えが、「ハイゲイト墓地にあるソフィアの墓の代わりに掃除できるところがあれば、もう毎朝お墓参りはしない」だったという。

そこでいそいそと城の裏にある森の中に別棟を建ててしまった。


息子のお小遣いの範囲だし、王妃の奇行が城内だけで収まってくれるなら、有り難いのは確かだが。


それに、直球でぶつかる息子の父も、色々な事を己の内に留めておくことに疲れてしまっている。

王権を手放すとロジーナに話したことは間違いだったのではないかという後悔と、いつかは言わなければならなかったのだからという諦め。


悩んでいても時間は止まってくれない。

シュピーレン国で徴兵制が始まったと情報がもたらされ、ウェスティリア帝国からは強化した軍事同盟の再締結の申し入れがあった。


早く国民議会を機能させなければならない。

戦争の責任がすべて王家に圧し掛かってくる未来を回避しなければ。

愛するロジーナとユアンとシャロンを守らなければ。



ロジーナはいつも僕のやることを理解し、自分にできることがあるならと協力してくれていた。

今回ばかりはそうではないから、僕は狼狽えてしまっているのだ。

出会って以来こんなにロジーナの気持ちがわからないことは初めてだから。



「おはよう。僕が本当のことを言ったのは、失敗だっただろうか」



別棟の周りを掃き掃除しているロジーナを見つけて、声をかけた朝六時。

普段なら寝ている時間に、ほぼ寝間着の王が一人で、自分の城の庭とはいえそこそこの森を歩いているのは、ロジーナが平民の墓地に日参していたのと同じくらいおかしなことだ。

まあでも、王太子妃(仮)が王妃を殺そうとしていたのよりは大分マシだろう。



「ご、ごきげんよう、ウィル」



黒い質素なドレスのロジーナは、どこからどう見てもメイドだ。

周りの使用人たちに溶けこんでいる。

アイオライトの王妃がこんなことを、と思うと、なんと酔狂なことだろう。



「ええと、何のお話でしょうか」

「この小屋は、中に入っても?」

「もちろん構いませんけれど、あの、ウィルがくつろげるようなところではないの。掃除をするのに必要な最低限の物しか置いていなくて……」



ロジーナだって僕がこの別棟の存在を知っていることを分かっていただろうけど、こうやって本人が見にくるとは思わなかったのだろう。

後ろ手に何かサインを出していて、小屋の窓からこちらを窺っていたメイドが慌てて引っ込んでいった。


ロジーナに案内されて中に入ると、安っぽい木の椅子にがさがさするクッション。



「ごめんなさい、このようなものしか置いていなくて……」



出されたコーヒーは見るからに薄い。

平民の家のような作りの小屋で、ロジーナは修道女の生活でもしたいのだろうか。

ロジーナの望んでいるものを、僕はどれだけ与えられてきただろう。



「昨日の選挙で、国民から議員が選出された。貴族が多いけれど、平民もいる。議会の始動は来週からだ」

「承知いたしました」

「それで、あのとき僕が君に王権を手放すと言ったのは、君に要らぬ心配をかけさせてしまっただろうか。全て終わったあとに告げたほうが良かっただろうか」



と言っても、今も頻繁に街の救貧院の視察に行ったりしているロジーナには、けっこう早い段階で伝わってしまっただろうけど。



「ウィルは、このコーヒーをどう思います?」



ロジーナは穏やかに、カップの底が透けて見えるコーヒーを僕に渡す。



「正直、君に出されなければ飲みたいものではないね」

「そうでしょうね。ウィル、わたしは、もし何かが起きても、このおいしくないコーヒーを飲んで、腐りかけたじゃがいもを食べて生きていける程度には丈夫です」

「そうならないように僕はしているつもりだけど」

「もし、の話です。それにわたしは掃除も洗濯も料理もできます。もし、家族に不都合なことがあって、わたしを切り捨てることでウィルが、ユアンとシャロンが助かるなら、わたしを見捨ててください」



窓から入ってくる朝日に照らされた僕の妻は、嘘を吐いていなかった。



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