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75.「トイレの王妃様」、ほんのり嘘をつく



いやもう毎日毎日ハイゲイト墓地にお参りしてたら、何がなんだかわからなくなってきた。

最初はソフィアに「ごめんね」と言いたいだけだった。

でも久しぶりに訪れた墓地のソフィアの石像の周りは手入れされていなくて、あまりに憐れで思わず台座の苔を拭って、雑草を数本抜いてみたら、意外や意外に達成感みたいなものが湧いてきた。

それはたぶん、贖罪しているという気持ちも相まってだったのだけど、ソフィアのお墓が荒れているのがやるせなくて、人目につかない早朝にやってきては石像の周りを掃除している。


王妃がこんな奇行をしているなんて、醜聞以外のなにものでもない。

分かってはいるのだけど、もはやお墓掃除ハイの状態なのだ。



ウィルやユアンが向けてくる困惑した瞳にも、わたしは答えを持っていない。

だってさぁ、誰がわたしの気持ちをわかる?

自分でさえよくわからないのに!




***




その日も朝にハイゲイト墓地に行って、湯浴みをして昼食用のドレスに着替え、ユアンと一緒にテーブルを囲む。

ウィルは珍しく鹿狩りで、メアリはウォーターフォード伯領にガラス細工の見学に行っている。


メインのキジのローストを食べていると、ユアンが眉間にものすごい皺を作ってこちらを睨んでいた。



「どうかしたの?」



難しい顔をしたユアンは、ウィルにちょっと似ている。

ウィルほど賢くはないかもしれないけど、決断力と実行力はある。

褒めるのもどうかと思うがソフィアの消し方は上手いものだった。

何かこう、もぞもぞしたところがあるのが、将来の王として不安だ。


今ももぞもぞと、言いたいことがあるのだけど言い出せない、という感じで、とうとうキジを食べ終わってしまった。

ナイフとフォークを置いてやっと、ユアンが口を開いた。



「母上、ソフィアのことですが」



それがあまりに唐突で、給仕をしていた者たちがざわつく。

この子のこういう空気を読めないところだけは、直すべき課題だと思う。



「……食事時にする話ではないわね」

「……失礼しました」

「時間があるなら、食事が終わってからお茶を飲みましょう。その時に聞くわ」



食後のシェリー酒が甘かった。




***




「で、何を話したいのかしら」



わたしの部屋に小さくお茶の用意をして、ルイーズもオリバーも下がらせた。

ユアンの話を聞く準備は万端だ。



「その……母上は……」



さっき出ばなをくじいたのが悪かったのか、またもぞもぞもじもじうじうじと上を向いたり下を向いたり、ユアンははっきりしない。

そういうとこやぞ、息子よ。



「僕がソフィアを……、ええと……」

「殺したことを知っているかって? そりゃ知ってるわよ」

「え!? 知ってたんですか!?」

「ニセマッシュルームを使ったこともね」

「それも知ってたんですか!? では、あの、母上がハイゲイトに通ってらっしゃるのは僕のやったことの罪滅ぼしというか、その、そういうアレですか……?」



うーん。

そういうアレとも言えなくもないけど。



「いえ、単なる掃除よ」

「は?」

「掃除したらスッキリするでしょ? そういうことよ」

「いや、え?」

「城じゃ掃除なんてできないじゃない。あそこなら思いっきり箒ではいても怒られないし、綺麗になるし」



ふざけているのか、という表情のユアンに、真面目な顔を返す。


ソフィアが邪魔だった。

これは紛れもない真実だ。


ソフィアがいなくなった。

みんな丸く収まった。


本当なら、いなくなってみんなが幸せになるのは、わたしのはずだった。

ソフィアがわたしの代わりになったのかは、神でもなければ分からない。

王家の誰にも悼まれることなくあの墓地で眠る彼女のことを、わたしだけは忘れてはいけないと思う。



「だってわたし、貧乏な男爵の家の出よ。掃除だって料理だって子どものときはやってたんだから。刺繍だけじゃなくてちゃんと服も縫えるのよ」

「……話を逸らさないでください。母上は、掃除したくてハイゲイト墓地に通っていると?」



疑っているのは、賢いところだ。



「掃除したいがために護衛騎士らに早朝勤務をさせていると? 違いますよね。母上は王家の品位を落とすようなことをする人じゃない。本当は、僕のやったことを謝りにいってるんだ。そうですよね!?」



賢いけれど、もっとあつかましくなっていい。

ソフィアの死はきっと、ユアンのせいだけではない。

あの時、ソフィアの侍女でさえもソフィアを殺さんとしていた。


たぶん、この世界の元になった漫画の強制力がねじ曲がって、わたしの破滅の代わりにソフィアの破滅を引き起こさせたのだ。

わたしはそう信じている。


だからユアンは、ソフィアの死を忘れていい。



「あまりわたしに聞かないで。ただわたしは、あそこに行くと掃除ができるから行ってるだけなのよ」



ルイーズが淹れてくれたお茶は、「プリンス・オブ・アイオライト」。

わたしたちが結婚したときに、トワイニング社がブレンドして名づけた品だ。

後からウィルが「プリンス・オブ・アイオライト」という商品名の許可を出し、一般市場でも売られている。


とても濃くて、ウィルのしっかりした姿そのままのような味がする。

ユアンもウィルのようになってほしい。



「やっぱり僕の贖罪じゃないですか……」



泣きださんばかりの震える声で、ユアンは俯いた。



「だから違います。わたしが掃除しても怒られない場所が他にあればそこでするわよ、わざわざハイゲイトまで行かなくたって」

「……それは本当ですか?」

「本当よ」



ハイゲイト墓地の管理人に、ちゃんと仕事するようには言うけれど、わたしは遠くからでもソフィアを思って掃除しよう。



「ソフィアを殺したのは正しかったと、僕は思っています」

「わたしもそう思うわ」



倒れたソフィアの横でユアンは、堂々としていた。

嫁が死んだというのに、悲しそうでもなかった。


あのくらいの気概を持ち続けられたら、ウィルのような王になれるだろう。

今、ユアンはやっと前を向いた。



「母上が今、こうなってしまっているのは僕のせいではないかと、それだけ気がかりでした」

「ユアンに余計な心配をかけさせてしまったかしら」

「ええ。もしかしたら僕のやったことは間違いではなかったかと。でも母上が許してくださるのであれば、僕は」

「そういうことはね、ユアン、今度からメアリに言いなさい」



ウィルがわたしに弱音を吐いたように、これからのユアンにはメアリが、彼を理解し支えてくれる存在として横にいてくれるだろう。

例え自分の姉を殺した男だとしても。

メアリは国を考える器を持った女性だから。


ユアンは「プリンス・オブ・アイオライト」を一杯飲んで、国内貴族との社交に出かけていった。



ウィルに嫁ぐことが決まってから、わたしは嘘をつくのが上手くなった。

国のために、民のために、ウィルのために。



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