73.王妃の逡巡
独裁制が悪いとは限らない。
ウィルの強引な手法で、アイオライトはかつてないほど繁栄している。
王権を手放せば、王の独断でなんらかの政策を進めることはできなくなる。
それは、国としてのまとまりを無くすこと。
戦争になれば、合議制の国は独裁制の国に、意思決定の速度で負ける。
兵器の性能が上がれば、その速度の差は致命的だ。
「本気なのですね?」
「ああ」
「貴族たちは反対するのでは? 持っている権利と富を手放すことを、簡単には受け入れられないのではないでしょうか」
「権利も富も、他国の侵略を受ければ皆、接収されることになる」
「ならばこのまま王政を維持し、国中の結束を固めていたほうが、侵略を跳ねのけられる戦力をまとめておいたほうが良いのではないかと思うのは、わたしが浅薄でしょうか」
ウィルが悲しそうに微笑む。
「アイオライトは兵器の開発も世界一だと言える。戦争になったとしても、負けはしないだろう。それでも被害は出る。多くの民が死ぬ。それを確信しているからこそ、この結論に至ったんだ」
絵の中の「トイレの王妃様」が、途端に空しく感じられた。
多くの病を未然に防いだともてはやされて、石炭の発見から人の生活は楽になってそれも「王妃様」のおかげだと言われて、それは確かに良かったことなんだけれど、ウィルにこんな決断をさせたかったわけじゃない。
ウィルは生まれながらに「王」だった。
偽物のわたしとは違う、本物の「王」だった。
国を、国民を一身に背負う「王」だったのに。
きっとそれをわたしが歪めてしまったのだ。
わたしが原作の通りに振る舞わなかったから。
幽閉されようがどうだろうが、わたしがちゃんと嫁イビリしてウィルに愛想をつかされていれば……
この国は、ウィルを王として、ゆくゆくはユアンを王として、民は安寧のうちに暮らせる国であり続けただろうに。
そう考えて、やっぱりわたしは「王妃」になれていなかったのだと気づく。
国中から来るかもしれない憎しみを負うことを、そもそもこの世界のことを他人事のように思っているから、ウィルに王でいてほしいと願っているのだ。
どんなことがあっても、ウィルがいてくれればわたしは守られるだろうと、勝手に信じていたのだ。
こんなの、王族を妄信しているという貴族たちと同じだ。
ウィルのとなりに並び立つのではなく、ただ寄りかかっていただけだ。
そんな卑怯なわたしを助けるために、ウィルに、「王」であることを棄てさせる。
ウィル自身の判断だけれども、その判断は、わたしの存在でゆがめさせたものではないだろうかという疑念が拭いきれない。
わたしは、どうすればいい。
どうやっても原作の通りにいくのではなく、そもそも世界設定が違ってきているときは?
努力すればするほど上手くいって、わたし個人の辛苦を回避しても、それより大きな惨苦が多くの人々を襲うかもしれないときは?




