71.大国の岐路3
寝台の横のソファセットはアイオライトから輸入されたもの。
座りなれた感覚だけれど落ち着かないのは、ソファ正面の壁にかけられた「トイレの王妃様」の肖像画があるからだ。
大きなカンバスに等身大ほどの自分が描かれている。
それもアイオライトでも最近は見かけなくなった、「水洗トイレの横で慈愛の笑みを浮かべてたたずんでいる」構図の、ひと昔前の画風の絵だ。
恐ろしく美化された自分が部屋中至るところから見えるのだから、むず痒くてしょうがない。
これは他人の絵だ、と思いこもうにも、こんな存在感ある他人がいる部屋で落ち着けるわけがない。
いや、純粋に芸術的な絵画だったらいいのかもしれないけど……。
前世で見たことのあるスペインの画家ベラスケスの、王女を描いた大きな複製画なら、とか、誰が描いたか忘れたオルレアン大公の立ち姿、とか、そういうのなら、こんな良い画を飾っている部屋に泊まれてよかったわ、ってなるかなあ。
半分現実逃避するわたしと向かい合って座っているウィルは、まさに王妃ロジーナを追放するときの、苦渋の決断を下すときの顔。
わたしだって、もはや私もこれまでか、と悪役然とした心境にもなろうというものよ。
わたしのこの世での今までが、原作みたいに修道院送りにならないように、王妃にならなければいけないのならその職務を全うできるように、嫁が来たら絶対に虐めたりしないように、好きになってしまったウィルに嫌われないように、がんばってきた過去の全部が無に帰すようなことになっても、ウィルになら、この身を任せてもいい。
むしろ娘のシャロンがわたし共々修道院エンドにならなそうなのを、神に感謝すべきかしら。
背筋を正して、ウィルの言葉を待つ。
「実はね、ロジーナ」
その優しい声色が、わたしを少しだけ安心させる。
ウィルが悩みぬいて出した答えなら、わたしはそれを受けとるだけだ。
なのに、
「本当は、王権を手放す予定にしていたんだ」
想像もしていなかった言葉が、ウィルの口から出てきた。
「全てを手放すわけではなくてね、アイオライト国王はアイオライト王国の象徴として、王国の頂点に立つ。それは変わらない。けれど、実際の政治のほとんどは、国民から選出された議員にやってもらう。王は議会から出される政策を承認するけれど、それは形式に過ぎない。政策の責任は、議員と、それら議員を選出した国民自身が負う。要は、国王の権力とともに、責任も分散させようと思っていたんだ」
頭の中で、「立憲君主制」だとか「議院内閣制」だとかいう単語が飛び交う。
今のアイオライト王国は、憲法が王を縛ってはいるし、貴族会議の承認を得なければ進められない物事はあるけれども、王の独断で法律が施行されることがここ数年は多かった。
マリカ公国の併合がここまでスムーズだったのも、ウィルが貴族会議に諮らずに、強引な手法でやってきたからだ。
それくらいに大きな権限が、王にはある。
それを議会制民主主義のような形にするということ?
アイオライト王国の制度を根本から変えるということ?
今ある権限を捨てて、形だけの王になると?
「それをどうして今まで……」
わたしに教えてくれなかったのですか、と聞いてしまいそうになるのを、必死で抑える。
わたしが立ち入るべき問題ではないから、ウィルは教えなかったのだ。
……いやめっちゃわたし関係ある問題だよね!?
教えとこうよ、そういうのは!
「王室の収入は主に借地料ということになる。王領の土地全ての貸主になるということだから、君やシャロンに不自由な思いはさせない」
「それは……、ありがたいことですけれども」
釈然としないわたしに、ウィルが苦笑する。
「ロジーナに、心配をかけたくなかっただけなんだ」
「心配?」




