70.大国の岐路2
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旅行気分で昼間はずっとマリカの街中で観光をしていた娘のシャロンも帰ってきて、正餐会は無事に終わった。
メアリが心を開いたのを感じとったらしいシャロンがやたらとメアリにしゃべりかけていて、マリカ大公夫妻や元からのマリカ王宮の使用人たちは安心した様子だった。
女性方のおしゃべりは、シャロンとイザベル・アンヌ様のウェスティリア風のドレスの新しさで持ち切りで、男性陣はそれぞれの国の輸出入について話し合っている。
どちらも笑いながらだけど、いかに自国を有利に立たせるか、互いの腹の探り合いだ。
わたしは長卓の遠く斜め向かいにいるウィルが気になってしかたがなかった。
ウィルはいつでも完璧だった。
でも、今のウィルは……。
既視感。
わたしのこのロジーナとしての人生の原作になった少女漫画で、王妃ロジーナと娘シャロンを追放する王ウィリアムは、確かこのような顔ではなかったか。
故郷グラナトから王都に来てほとんど毎日、その顔を見てきた。
アイオライトの王としていつだって誇り高い表情の、でもわたしには優しい眼差しをくれるその顔を。
さっき会ったときまで、しっかりした金髪だったはずなのに。
瞳はもっと濃い青だったはずなのに。
ここ数年であらわれた眉間のしわも、凛々しい印象を与えるもので、こんなに苦しそうなものではなかったはずなのに。
どうして急に、こんなにくすんで見えるんだろう。
***
アイオライト国王夫妻にと用意された部屋は、マリカの王宮で二番目に豪華な部屋。
いつも寝室は別々だから、寝台が並んだこの部屋で、数日間とはいえ逗留するのは新鮮でちょっと恥ずかしい気分だった。
同時に、マリカ公国という国が財力のない国だったのだと実感する。
公国首都の宮殿だというのに、これからの支配者たる隣国の国王夫妻に、狭い控室とそれに続く寝室一部屋しか用意できなかったのだ。
他国からの滞在者も、ウィルの指示で宮殿近くに建てられたいくつかの迎賓館に泊まってもらっている。
そこはちゃんと男女別の寝室を作っているから、まさか一等重要な夫婦にあてがわれた部屋がこうだとは、微塵も思うまい。
何せわたし、マリカ公国に来たのはこれが初めてだから、こんな小さな首都の国だと思っていなかった。あの好戦的な、「ロジーナ王妃潰したんぞオラァ!」なソフィア公女を育てた国だから、もっとこう、発展しているかと思っていた。
実際のマリカは、アイオライト王国や他国から百五十年くらい文明が遅れているような国だった。
銀の産出国で、唯一無二の銀細工の技術を有する国なのに、他国からの客が通る街道だけがそれなりに整備されていて、すこし裏側を覗くと貧民街のような街並みになる。
わたしがウィルに嫁いだとき、王都中を回って、大国とはいえ貧民街とはこういうものなのか、と気が重くなったときに見たものより、だいぶひどい街だった。
おそらく地方はまだマリカ大公の失策の余波を受けているだろう。
そんな中で、どんな物乞いのような身なりの人でも、何かひとつ銀のものを持ち歩いているのは不可思議な光景だった。
生まれたときに国から送られたスプーンを首にさげて、手のひらを掲げて頭を下げている物乞いは、わたしには奇妙に見える。
けれどそれは他国民だったわたしにそう見えるというだけのことで、「銀のスプーンを売ればいくらかお金になるのでは」と思うも、マリカで溢れている銀はそこまでいい値がつくことはなく、むしろマリカ生まれだと分かるように銀のスプーンを下げているほうが同情を受けやすく、実入りが良いのだという。
銀の価値がひっくり返っている。
輸出額が伸びていないのも、マリカ公国が銀を安価で輸出し、さらに銀にかける輸出関税が低いせいだろう。
これがマリカ公国の現状。
これなら、いくらソフィアがマリカ内の貴族や兵隊を扇動して戦争をしかけてきていたとしても、アイオライトとの国境に来るまでにアイオライトの兵が気づいてすぐに迎え撃っていたに違いない。
***
わたしが夜着に着替えるのを待ってから、ウィルが寝室に入ってきた。
その顔はやっぱり、王妃ロジーナを追放する王ウィリアムの顔だった。




