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66.前王妃のお茶会


アイオライト王国とウェスティリア帝国の蜜月関係は周知の事実。

だけれど、アイオライト王太子妃がウェスティリアの外交官に最敬礼をしてしまうと、アイオライトよりウェスティリアのほうが上だと言っているようなものだ。


この場をどう捌く。



他国の人たちが固唾をのんで見守っている。

国の格付けは外交上、とても重要だ。

それぞれが世界の覇権を握らんとするアイオライトとウェスティリア。

対等だと思われていた両国が、実はウェスティリアのほうが上かもしれないなんて、どちらの国と仲良くしておけばいいか迷っていた弱小国らはこぞってウェスティリアにつくだろう。

もちろん先進国でも、どちらについたほうが得なのか、常に計算しているはずだ。


今はモーレイ八世とイザベル・アンヌ様のおかげで友好関係を保っているけれど、お二人が永久にその任を果たすことはできない。

お二人がいなくなれば、いつかはまた、国境沿いは緊張状態になるだろう。

戦争なんて、起こってほしくない。

せめてわたしがいる間だけでも、武力で戦わずに済む世界であってほしい。


マリカを併合したこの微妙なタイミングで、新たな火種は御免被ります……!



「あら、まあ、メアリ・フィオヌラ様。わざわざありがとう。でも、私たちにそのような礼は不要ですわ」



メアリに負けず劣らずの可憐なカーテシーをされたイザベル・アンヌ様の、甘く歌うような声が場内に響いた。



「私たちは家族ではありませんか、可愛いメアリ。あなたは私たちの可愛い孫のお嫁さん。本日はウェスティリアを代表して参りましたが、私たちは、か、ぞ、く。もっと気楽にしていいのよ、ね、ロジーナちゃん」

「はい」



いきなりフラれて返事をしてしまったけど、わたしもまだメアリとは距離があるというか、イビってると思われないように丁寧に接してたらどうもギクシャクして、微妙な距離感のまま一年経っちゃったんだよねえ!

メアリも、ソフィアのことがあるからか、姑だからなのか、遠慮しまくってる感じだし。



「もし時間があるなら、今すぐにでも一緒にお茶を飲みたいわ」

「あ、憧れのイザベル・アンヌ様にそう仰っていただけるとは、この上ない光栄でございます!」

「だから、そんなに畏まらないでったら」



イザベル・アンヌ様の微笑みが、困惑に満ちた空気を霧散させる。

皆の注目は、国の格付けからイザベル・アンヌ様のお茶会のほうへ移っている。



「以前、一度だけアイオライトの王都の城でイザベル・アンヌ様主催のお茶会に招かれましたの。出されるお菓子はもちろん、『王妃の庭』がまた素晴らしくて」

「私はウェスティリアのイザベル・アンヌ様の私邸に招かれたことがありますわ。アイオライトのフォートナム&メイソン社が特別にブレンドされたというお茶を頂きましたの。イザベル・アンヌ様をイメージしたというお茶で、すみれ色で、甘みが強く、まろやかでしたわ。あのお味、忘れられません。市販されたら絶対に買いますのに」

「イザベル・アンヌ様のお茶会も、ロジーナ陛下のお茶会にも私、招いていただきましたわ。ロジーナ陛下はイザベル・アンヌ様のお庭を大事にしてらっしゃって、『王妃の庭』はイザベル・アンヌ様の頃と変わらずたくさんの綺麗なバラが咲いていましたわ」

「一度でいいから私も行ってみたいわ。夫が外交官になったばかりで、これから頑張らなくては……」



各国の王侯貴族の奥様方や、外交官の夫についてきた奥様たちが、男性陣を置いて盛りあがる。

男性は男性で、アイオライトとウェスティリアの力関係に変化がないことを見て、ほっとしたような面白くなさそうな顔で、ひとまずは国に急ぎの報せを出さなくてよいことにまた別の国の大使らとのコネクション作りに戻っていった。



イザベル・アンヌ様がわたしともじもじしているメアリを連れて、メアリの侍女ヴァノーラに案内された部屋に入る。

前王妃陛下は、わたしとメアリの間にある壁に気づいて、本当にお茶に誘ってくれたのだ。


マリカの城にあるのは、全てアイオライト製の物だった。

ウィルがマリカ大公の失政を正し、無理やりアイオライト式にさせられていた一般市民の暮らしを元に戻したけれど、城の中はまだアイオライトかぶれの大公と大公妃の趣味に支配されていた。


なんで民に寄り添えないんだろう。

マリカの城だというのに、アイオライトの調度品に囲まれているこの部屋。

それも王都アダマスで今年流行っている猫脚の家具たち。

タペストリーは黒死病の感染を防ぐとされる、グラナト=ガラナト領の魚の骨の柄だ。


猫脚のソファに座りながら、猫脚のティーテーブルにお菓子を持ってきてもらう。

マリカにも郷土菓子があるのに、出てくるのはウェスティリア発祥でアイオライト風にアレンジしたタルトタタンだったりして、マリカのものが何もない。

複雑な思いで、アイオライトのトワイニング社が売り出した、薔薇の香りむんむんの「ロジーナ」を淹れてもらう。


イザベル・アンヌ様が、さっきのご婦人方の話を持ちだした。



「お庭ねえ。私はお庭って詳しくなくて、ほとんどエヴァンズに任せていたのよねえ」

「え、イザベル・アンヌ様にも、お詳しくないことがおありなんですか!?」

「それはそうよぉ、私はアイオライトの王妃としては、あまりよい方じゃなかったと思うわ」

「そんな! イザベル・アンヌ様はお美しくて、ただそこにいらっしゃるだけで完璧というか……! アイオライトの王妃として完璧でいらっしゃって、だから園芸に関してもきっと完璧なんだろうと私が勝手に思いこんでいて……、申し訳ありません……!」

「だからそんなに畏まらないでったら。私にも不得手なことはあるし、それはメアリちゃんと一緒よぉ」

「イザベル・アンヌ様ぁ……!」



メアリに控え面な態度を取らせているのは、前王太子妃だった姉ソフィアの負い目だと思っていた。

でも、それもあるんだろうけど、たぶん、メアリはイザベル・アンヌ様が好きで、大好きで、憧れで、「王妃といえばイザベル・アンヌ様!」って感覚だから、「ロジーナ王妃」であるわたしが受け入れがたいんだろう。

できればメアリと仲良くしたかったけれど、メアリがそれを望んでいないのなら、このままお互い遠慮がちな、慎ましやかな関係でいい。

そう、ソフィアみたいに好戦的でなければいい。

わたしとシャロンの未来を、「修道院に幽閉」にさえしなければ、歓迎だ。



「アイオライトの城のお庭が綺麗に保たれているのは、ロジーナちゃんが手を入れてくれているのよね。もうエヴァンズも引退しただろうし、ロジーナちゃんの好きなようにしてくれていいのよ」

「エヴァンズは今も元気に、イザベル・アンヌ様のために作られた庭を守っていますよ」



イザベル・アンヌ様がアイオライトに来られたときからずっと「王妃の庭」を作ってきた庭師のエヴァンズは、わたしが王妃になった後、おそるおそる頼んできたのだ。

「イザベル・アンヌ様の庭を変えたくない」と。

わたしもイザベル・アンヌ様が城を出ていってしまう寂しさに、庭はそのままにしておこうと思っていた。

薄紫の花が何種類も、年中咲き誇る「王妃の庭」。

あの花のなかにいると、初心に立ち返ることができる。



「思い切ってロックガーデンにしてくれてもいいのよ」

「それは致しません。わたしもイザベル・アンヌ様のあのお庭が好きなのです」

「それならいいけれど、変えたくなったら遠慮なく変えてしまってね。メアリちゃんは庭いじりなさるの?」

「あ、ええと、はい、寝室の下に庭を頂きましたので、少しだけですが」

「そうなの、偉いわね。アイオライトの王太子妃として、私より上等だわ」



メアリの頬が真っ赤に染まる。

憧れの人に褒められて、嬉しくてたまらないのだ。

それから急にうつむいた。

長い金髪を頭のてっぺんでまとめているから、苦しそうに眉を寄せているのが丸見えだ。

王族としてそのような表情を晒すのはよろしくないが、ここはアイオライト王族だけのプライベートな場。

だからメアリも、感情を表に出しているのだろう。


顔を上げたメアリは、イザベル・アンヌ様に問いかけた。



「あの、イザベル・アンヌ様は、私を王太子妃として認めてくださるのですか……?」




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