63.トイレの王妃様、気づいてしまう
息子が自分の妃を殺したのだと、信じたくなかった。
けれどもあの時のユアンの目。
「食中毒」だと言い切ったときの、あの座った目つき。
間違いない。
ユアンがやったのだ。
まだ朝食のにおいが残るソフィアの寝室は、マリカ風だった。
マリカで一般的な、厚めのレースのカーテン。
がっちりした布張りのソファ。
ベッドの横の小さなテーブルも、棚も、鏡台も、焦げ茶色で脚が太い。
前室にもマリカ風のテーブルと椅子を並べていた。
あの子は、ソフィアは、アイオライトの王城のなかに小さなマリカ公国を作っていたのだ。
それくらい自分の母国を愛していたのだろうか。
そうではなくて、城内にいる「トイレの王妃様」への当てつけだったのだろうか。
アイオライトでは流行遅れの寝間着にガウンを羽織っただけで、着替えもしないで朝食を食べていたソフィア。
わたしは彼女が朝食に何を食べていたのか知らない。
彼女があの寝室で、何を考えて過ごしていたのか、知らない。
もう確かめられないけれど、たぶん、わたしのことを殺したいと思っていただろう。
マリカから連れてきた侍女ヴァノーラが自分の主人の暗殺を考えるほど、ソフィアの殺意は透けて見えていたのだろうから。
恐らくは。
ソフィアがそれを実行する前に、ユアンが阻止しようと、彼女を殺したのだ。
死んでしまった少女漫画のヒロインは、可愛らしい顔を歪ませ、苦しかったのだろう胸元に手をあてていた。
もしかしたらその姿は、ソフィアに殺されていたかもしれないわたしの姿かもしれなかった。
死者を悼まなければならないのに。
ソフィアが死んでしまったことを悲しまなければならないのに。
わたしは安堵してしまっていた。
殺されずに済んだこと。
そして、自分で手を下さずに済んだこと。
よかったと、思ってしまっていた。
わたしはどこまで卑怯な人間になってしまったんだろう。
「母上はもうお部屋にお戻りください。このような場を御目に入れるのは心苦しく思います」
ユアンがそう言った。
優しい息子。
ソフィアの存在が、国とわたしに害悪だと考えたのだろう。
それで自分の妃を殺した。
王の息子として生まれたら、このように生きていかなければならないのか。
幼いころ、片腕のないオリバーを心配して探そうとしたユアンは、今、国を守る王にならんと、その障害になる者を殺したのだ。
息子にかける言葉もなく、わたしはルイーズに支えられてソフィアの寝室を出た。
少しだけ見えたヴァノーラは、隅のほうで、わけがわからないという表情で立ち尽くしていた。
彼女は何も知らないのだ、きっと。
それだけは純粋に、よかったと思えた。
彼女が自分の主人を殺さずに済んで、よかった。
***
その日の晩餐は、いつも通りの時間に、いつものようにウィルとわたしと、ユアンとシャロンの家族四人が揃って、なんの過不足もなく始まった。
「悲しい出来事だったが、我々はソフィアの望みを出来得る限り叶えてやった。その末の事だ。彼女も幸せだったことだろう」
惜しむようにウィルが言って、みなで献杯した。
そこでわたしは初めて、ソフィアが食事の全てをマリカから持ってこさせていたというのを知った。
アイオライトのこと、「トイレの王妃様」のことが、その食べ物を食べたくないくらいに、本当に嫌いだったのだ。
「葬儀は来週の木曜日。ただ貴族会議が終わったところで、領地に戻った者たちを再び呼び寄せるのは負担になるだろうから、城内の者だけの参列とする。また、生前の彼女の希望で、土葬ではなく火葬とする。王族には異例のことだが、マリカから嫁いできてくれた彼女の希望だから、叶えてあげようと思う」
「火葬……」
「火葬後は、新たに設けたハイゲイト墓地に埋葬する。ハイゲイト墓地は平民のために作った墓地だが、そこを守護する聖女としてソフィア・ベル・オリヴィアの名は永久に残るだろう」
どこまでがウィルの本心なんだろう。
鉄道の線路がどんどん延びている今、地方から王都に来るのは前ほど大変ではないのに。
ハイゲイト墓地に埋葬するのも、王族の墓地に入れたくないからではないのか。
「皆、半年の間、喪に服すように」
たったの半年。
次の貴族会議が始まるころには、もういつも通りの、賑やかで華やかで騒がしい城に戻るのだ。
きっと、王城内ではソフィアのことは忘れられてしまう。
食事は淡々と進んでいく。
みな黒い服を着ていて、確かに誰かが死んだあとなのに、誰もナイフとフォークの音を立てない。
意識しないと手が震えそうなのは、わたしだけなのだろうか。




