61.ヒロインのはずの王太子妃、死ぬ
「ソフィアが殺される……?」
物騒な言い方だ。
「どなたに?」
「ヴァノーラです」
さっきまで「ヴァノーラは淑女」と言っていたルイーズは、今だって冗談を言っている顔じゃない。
いや、わたしとしては、いくら漫画のようにイビッてなくても、ソフィアからの敵意はけっこう感じていて、いつか刺されるんじゃないかなーとかちょっと不安だから、いなくなってくれたら万々歳……は言い過ぎだけど、ラッキーというか、しめしめというか、むしろ生きてられるよりは安心できるなっていうか、ソフィアに存在されてるだけでこっちの存在が安らかではないのだし。
ぶっちゃけ、いなくなってくれたら超安心!
人間としては頂けない感情かもしれないけど、生物の本能として、自分の身を守ることを最優先にしたくなるじゃないの。
ただ、息子の嫁だし、息子が悲しむのはダメだし、だからいくら気にいらない嫁でもイビりはしない、っていう理性はある。
ヴァノーラだって、暗殺なんてするような愚かな女ではないだろうに。
「王妃に敵対的とはいえ王太子妃を暗殺しようものなら、本人もその家族も処刑されるし親族だって全てのものを失うわ。ヴァノーラが賢いのなら、そんな馬鹿なことはしないでしょう?」
「ヴァノーラは、マリカ大公家とアイオライト王家への忠誠心を持っています。賢い彼女が、ソフィア様をどのようにするのが大公家と王家双方に利するのか考えたとき、取るべき行動はおそらく」
マリカ大公家に泥をぬるソフィアの態度。
アイオライト王家の威信を傷つけかねないソフィアの言動。
「トイレの王妃様」に憧れる賢い侍女は、憧れの対象と同時に国のためを思って、ソフィアの振る舞いを正そうとするだろう。
正そうとしてそれが無理だと悟ったら、身を挺して問題の根本を解決しにかかるはず。
忠誠心の高さから、自分の命がなくなろうとも最善の策を実行する女。
ヴァノーラはそんな女なのか?
「サーシャは心配していました。小さいころからヴァノーラは、利発で明るい少女だったそうですが、アイオライトに来てからは、ひきつったような笑顔になったのだそうです。私から見たらヴァノーラは、ベウィッケ家の使用人らにも、この城内でも完璧な笑顔なのですが、伯母であるサーシャには何か感じるところがあるのでしょう」
ルイーズの話を聞きながら、考えてしまう。
まだ王太子ユアンはソフィアの寝室に入っていない。
今なら醜聞は最小限に抑えられるだろう。
それにユアンはソフィアに肩入れしていない様子だし、ソフィアが死んでもそこほど悲しまないかもしれない。
貴族会議の後片づけが終わってソフィアとの親交が深まったら、取り返しがつかない。
ヴァノーラが実行してくれるなら、まさに今やってくれ、と願ってしまう。
……我ながら、嫌な人間だなあ。
「ヴァノーラがソフィア様を殺めようとすれば、それは毒をもってだと思われます」
ルイーズがサンドイッチに入っているマッシュルームを指す。
確かに、王都のそこここにある公園で、キノコはいくらでも手に入れることができる。
「キノコなら、よほどそれらしい見た目でない限り、ソフィア様用の食材として、ヴァノーラが直接搬入することは可能です」
「ソフィアの使用人棟の厨房で料理して、そのままソフィアの食事に出すのも可能、というわけね」
「ヴァノーラはベウィッケ家から城へ帰る途中、公園を散策しているので、おそらく適当なキノコを探しているのでしょう」
このままソフィアを殺させるか。
それとも、止めるか。
わたしと娘のシャロンを幽閉させる原因になるかもしれないソフィア。
こちらからイビらなくても、敵意を隠そうとしなかったソフィア。
「……ウィルに、報告します。ヴァノーラに、ソフィアを殺させないように」
***
けれど遅かった。
ソフィアは死んでしまった。




