60.ヒロインに死亡フラグが立ちました
ソフィア付きの使用人のなかで、ヴァノーラだけがマリカ公国からついてきた侍女だ。
ソフィアよりだいぶ年上の二十五歳。
彼女の伯母がアイオライト貴族のタウンハウスでランドリーメイドをやっていることから、こちらに来たという。
これはマリカ大公妃の采配とのことだ。
そもそもマリカからは、侍女の一人も連れてこないはずだったのだから。
ヴァノーラについては、マリカ方言ではなく流麗なアイライト中央語を話し、ソフィア付き以外の者とコミュニケーションをとるときも問題はない、という証言を、わたしの侍女アシュリー伝に得た。
ヴァノーラからはアイオライトへの敵意は感じられず、マリカにいたときには、いき過ぎたソフィアの反「トイレの王妃様」的言動をたしなめることが多かったようだ。
だからソフィアとの仲は、お世辞にも良いとは言えないようだった。
それでもソフィアに最も近い侍女であるのは、ヴァノーラに大公妃の後ろ盾があってのことに違いない。
ソフィアのお目付け役としてせめて一人だけでもと寄こしたのだろう。
他のソフィア付き使用人はアイオライト人で、ソフィアにどう接すればいいのか戸惑っているようだ、という目撃談もあった。
ソフィアにしても、アイオライト人の使用人より親しみのある母国からついてきてくれた侍女は、彼女ひとり。
好き嫌いは別にして、他に頼れる人がいないのかもしれない。
もしそうならちょっと切ない。
我が息子ユアンは何をしてるんだ、と思うけれども、貴族会議の後処理が終わるまではソフィアのことを後回しにしてしまっていても仕方がないのかもしれない。
ヴァノーラの雇用形態は、他の者に比べて福利厚生がしっかりしていた。
週に一度は一日まるっと休日で、城から出て、ランドリーメイドの伯母のところにお茶を飲みにいっている。
彼女の伯母が働いているベウィッケ伯爵のタウンハウスの使用人ホールで、伯母以外の者たちとも茶飲み話をしているらしい。
偶然だがアシュリーの従妹がそこで侍女見習いをしていて、ヴァノーラに可愛がってもらっているという。
わたし付きだと知られているアシュリー本人を潜入させるわけにもいかず、ルイーズに「アシュリーの従妹の友人の親類で、夫に先立たれて勤め先を探している」設定で、そのタウンハウスに入ってもらうことにした。
結婚前はランドリーメイドをやっていたので、ヴァノーラの伯母の補助としてでも、と。
ルイーズは、「グラナトで暮らしていたときは洗濯も掃除もやりましたからね。まだ覚えていますし、きっとうまくやりますわ」と楽しそうにしていたけれど、美しい手が荒れてしまうのは申し訳なかった。
***
アイオライト王国のモントローゼ公爵夫人ルイーズ・カーライルは、二週間で成果を持ち帰ってきた。
ちなみにルイーズが通いで潜入していたあいだ、夫のイアンには「王妃の命でデュランブ家のタウンハウスの模様替えを仕切りにいく」と誤魔化した。
すまんな、イアン。
ルイーズの手は、わたしが薔薇のオイルを毎晩ぬりこんだからか、そんなに荒れることもなく済んだのが救いだ。
「ヴァノーラは、良い子です」
ベウィッケ伯のタウンハウスの使用人お茶会で二度ほどヴァノーラと一緒になり、ヴァノーラの伯母からもそれとなく彼女のことを聞きだしたルイーズは、そう断言した。
「非常に真面目で、賢いです。自分の役目がソフィア王太子妃を静かにさせることだと自覚しています」
「ヴァノーラ本人がそう言っていたの?」
「いえ、そうとは口にしませんでした。使用人しかいない場でも、王族やソフィア様に対する愚痴は一つもこぼしませんでした。平民の生まれですが、マリカ公国で王女付きにまでなった能力はさすがです。淑女と呼ぶに相応しい振る舞いをする女です」
ふと、ソフィアにはもったいないほどの侍女だな、と思ってしまう。
二週間ぶりにルイーズがいれてくれたお茶を飲みながらする話としては、なかなか楽しい話なんじゃないだろうか。
お茶自体も、リッジウェイ社が王妃のためにとブレンドしたオリジナルティーで、くすぶったような甘苦い香りがしておいしい。
ソフィアさえいなければ、わたしはこんなに幸せなのに。
「ヴァノーラの伯母サーシャによると、ヴァノーラは元々、田舎男爵の娘からその知識と慈悲深さでもって王妃となった『トイレの王妃様』に、とたいそう憧れていたそうです。ですので、ソフィア様と供にアイオライトに来ることになったときは、大喜びしていたと」
「でも、自分の主人であるソフィアは『トイレの王妃様』に無礼な態度をとっているのよね。それって、かなりストレスがたまりそうだけど」
「はい、すでに腹に据えかねているようにと思います。ベウィッケ家の使用人たちからソフィア様の名を出されると、わかりやすく暗い顔になりましたから」
上級使用人なら感情を出さないようにできるのだろうけれど、使用人同士だからか伯母がいるからか、あるいはルイーズの言うように腹に据えかねてか。
「これは私の勘なのですが」
ルイーズが急に険しい表情になった。
ルイーズだって、こんな顔をするのは珍しい。
「もしかしたら、ソフィア様は殺されるかもしれません」




