56.国王陛下の腹の中2
幸いにもマリカ国内でのソフィアの人気も今一つだった。
結局のところマリカの民衆は、自分たちを尊重しない王族そのものに嫌悪感を募らせてしまっていた。
このままではいつ反乱が起きるか分からない。
マリカ王室の護衛騎士から報告を受けていた私は、できるだけ平和的な方策を取ることに決めた。
血を流さずに、アイオライトへの嫌悪を散らせばいい。
まずは職にあぶれたマリカ公国の銀細工職人を取りこんだ。
四カ国で協力して、新たな商売を始めたのだ。
アイオライト特産の鉱石、マリカの銀と銀細工、ウェスティリア帝国の商業力、シュピーレン国の技術力。
それらを結集した宝飾品ビジネス。
建前は国際友好。
本音ももちろん、国際友好。
宝飾品のターゲットは富裕層だから、マリカに入る金も大きくなる。
ウェスティリアやシュピーレンからも商人や職人がマリカを訪れるようになり、マリカの経済は少しずつ上向いていった。
もちろんそれは、マリカの銀細工職人が確かな仕事をしてくれたからでもある。
王室を通してはいるが、職人らも自らの腕で外貨を得ていることを自覚していった。
そうして今度はまた、民衆の憎悪はマリカ王室だけに向けられるようになった。
他国とはいえ隣国だから、マリカの王室が倒されれば、アイオライトも大きく影響を受ける。
マリカの反乱に触発されて、アイオライトでも、ということにならないとは言えない。
国体を揺るがしうる不満の芽は摘んでいるつもりだが、どこでどう発芽し育ってしまうかは分からない。
発芽させない土壌を作るのも、王の務めだ。
ただの善人である大公は、「トイレの王妃様」の夫である私の言うことを聞くだろう。
変に脅しをかけたりしなくて済む。
***
ちょっとした賭けではあった。
第一公女ソフィア・ベル・オリヴィアを、私とロジーナの大切な息子ユアンの妃にしたのは。
ソフィアが生まれたころこそ熱烈にアピールしてきていた大公夫妻だったが、成長するにつれ隣国との関係を壊しかねない娘を持て余しているようだった。
それでも謹慎もさせないで城で甘やかしているのだから、大公は善人というより愚鈍だったのだろう。
宝飾品ビジネスの関係で何度かマリカに赴いたが、年を追うごとにソフィアは過激になっていった。
自分の誕生パレードに「トイレの王妃様」の題材にした絵画を燃やすパフォーマンスをしたかと思えば、陰でこそこそと「トイレの王妃様」を中傷するビラを作り、侍女に命じて街に撒かせる。
マリカ王室を警護するアイオライト騎士からも、密かに潜伏させている者からも、目を覆いたくなるほどの報告が上がってきていた。
片や大公夫妻からは、私やロジーナ宛に、第二公女や第三公女をユアンの妃にどうか、という打診の手紙が来るようになっていた。
まるで第一公女との婚約はなかったかのように、しれっとその妹姫を推挙してくるとは。
どうしてあの派手にやらかしている第一公女をなかった者にできると思ったのか、正気を疑ったものだ。
ロジーナはそのような内容の手紙を読むたびに、「マリカの公女でなくても、ユアンと愛し合える方がいらっしゃればその方でよろしいのではないでしょうか」と、控えめに拒否の姿勢を示していた。
ロジーナには、できるだけ幸せでいてもらいたかった。
だから計画を進めるのは、少しだけ、胸が痛んだ。
私とマリカの大公は、密約を交わしていた。
問題のある第一公女ソフィアをアイオライトの王太子妃にするかわりに、マリカ公国の大公位の継承権を、アイオライト国王に持たせること。
つまり、マリカの現大公が身罷ったら、大公位は私ウィリアムか、私のあとにアイオライト国王になるだろうユアンが継ぐ。
そしてマリカ公国は、アイオライト王国に併合されるのだ。
戦争で奪うより、よほど平和的な領土拡大。
そもそもソフィアの行動は外交問題になってもおかしくないものだった。
仮に戦争になったとして、マリカに勝ち目はない。
それを承知しているから、こちらの厚意で責めなかっただけだ。
ソフィアの行動が国民から見ても明らかになったとき、マリカ公国民は「大国アイオライトの機嫌を損ねるのでは」「第一公女が原因でアイオライトと戦争になるのでは」と不安を抱いた。
そんな悩みの種を、寛大にもアイオライト王室は王太子妃として招きいれるのだから、マリカの国民はアイオライト王室に感謝しこそすれ、武器をとって向かってくる可能性は下がる。
そしてソフィアには、アイオライト王族の血をひく子を産んでもらう。
アイオライトがマリカの大公位継承権を持っていることの正当性を作らねばならない。
ソフィアは、黙っている分には美しく見目よい娘だった。
わがままで高飛車ではあるが、口を開かない限りは王太子妃として相応しく見える。
国民の前ではとにかく黙っていてもらうことになるが、それが本人のためにもなろう。
あまり身体が丈夫ではないという噂も広めておいたから、どうしても出席してもらわなければならない式典以外は、とにかく城の奥で過ごしてもらえればいい。
というか、城から出すつもりはない。




