55.国王陛下の腹の中1
ロジーナを妃に迎えて、もう何年経つだろう。
少女だったロジーナも、二人の子を産み、本人も子も元気にしてくれている。
もともと呆けたような顔つきが年々キツくなっていくのが、王妃の責務の重さの現れのような気がして、申し訳ないと思う。
私が望まなければ、彼女は田舎でのびのびと馬を駆って、山羊を飼い、魚を釣り、自分の着る服を縫い、早朝から自分の食べるものを料理していただろうに。
……うん、まあ、一長一短だな。
王妃であっても、のんびりしてもらう時間はあるし、王室の牧場にも山羊や牛はいるしな。
何もせずとも食事とお茶が出て、毎日綺麗なドレスを着て、明日を憂うことなく眠りにつく。
そんな幸せな生活を約束しているのだから、多少の窮屈さは我慢してほしい。
そう思うのも、やはり自分勝手というものだろう。
マリカ公国の第一公女ソフィア・ベル・オリヴィア。
彼女をアイオライトに迎えた理由も、ロジーナには言っていない。
***
マリカ公国の王室の護衛騎士は、アイオライトから派遣している。
小国のマリカは国としての軍事力も小さいが、王室と各貴族の持つ軍の大きさが拮抗していて、アイオライトの騎士が王室を守ることでマリカ公国の安寧が図られている。
アイオライト騎士による諜報は、ある程度マリカも織り込み済みだろうが、派遣した騎士から報告を受ける度に頭を抱えた。
マリカの大公と大公妃は、「トイレの王妃様」を信望しているというのだ。
いきすぎなくらいに。
城の全室に「トイレの王妃様」の肖像画を飾り、同じようにすることを全公国民に課す。
天に祈りを捧げるときには合わせて「トイレの王妃様」に祈りを捧げることを。
芝居をやるなら、黒死病をふりまいた悪の男爵夫人を「トイレの王妃様」が打ちのめす話を。
音楽会をするなら、会の最後には「トイレの王妃様」を礼賛する曲を。
ドレスや宝飾品を新調するなら、「トイレの王妃様」が贔屓にしているアイオライトのお店で。
王室の食事は「トイレの王妃様」が取っているものと同じものをアイオライトから輸入して。
平民の食事は「トイレの王妃様」の地元、グラナト=ガラナトで食べられているものと同じものを。
そのためにそれまでマリカの特産物を植えていた畑を潰し、グラナト=ガラナトの農産物を植えること。
第一公女ソフィア・ベル・オリヴィアが生まれたことにより、この暗黙のルールが加速していった。
大公と大公妃は、憧れの「トイレの王妃様」の息子に、ソフィアを嫁がせようと決めたのだ。
アイオライトへのすり寄りだとしたら、外交戦略としてまだ理解できた。
しかし、当代の大公も大公妃も、ただ善良な王族だった。
「トイレの王妃様」を悪く思う公国民などいないだろうと信じて、国民が望んでおらず、国のためにもならないことを、無自覚に強制してしまっていたのだ。
マリカの王侯貴族は地元産出の銀を細工したもので着飾っていたのを、宝飾品のすべてをアイオライトから買いつけたら、マリカ国内の銀細工師の仕事がなくなってしまう。
王室の料理人も、アイオライトから招いた料理人に押されて城を去ることになった。
マリカの土地で栽培されていたものは、その土地に合った作物だったから、無理やりアイオライトの品種を持ってきても収穫量は落ちてしまう。
貴族や民衆は考えた。
「トイレの王妃様」のために、なぜ私たちはこんなことになっているのか?
トイレと下水道も綺麗になり、確かに疫病は減った。
だが、その対価にこれではあんまりではないか?
作物を植え替えねばならなかったから、慣れ親しんだ食事がなくなってしまった。
大公がアイオライトからどんどん人を招くおかげで、多くのマリカ人が職を失い、乞食同然に暮らしている。
他国人が大公に保護されているというのに、マリカ人は見捨てられているのではないか。
このままマリカの国民は虐げられ、奴隷のようにされてしまうのではないか。
「トイレの王妃様」さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。
アイオライトという国さえなければ、こうはなっていなかったのに。
マリカ公国内にくすぶっていた大公や大公妃への不満は、徐々に「トイレの王妃様」への不満、「トイレの王妃様」を擁するアイオライト王国への不満に変わってしまった。
さらに事を面倒くさくしてしまったのは、アイオライト王国に嫁ぐはずの第一公女ソフィアが、「トイレの王妃様」を敵視していることだった。
権力がない子どもとはいえ公女であるソフィアが民衆を扇動し、アイオライトに宣戦布告する危険性があるなら、私はアイオライトの国王として対処しなければならない。
自分の国を、自分についてきてくれている人々を守るために。




