50.トイレの王妃様は運命に抗えない4
もしマリカ公国にこのまま王女しか生まれなければ、マリカの王位を継ぐのは第一王女ソフィアであり、やがてはその子どもが継ぐことになる。
つまりソフィアがうちのユアンと結婚すれば、その息子か娘、アイオライト王族の血を引く子がマリカ公国の王になる。
別段マリカを統合しようという気はなかったけれども、平和的にアイオライトの領土が増えるのなら、ウィルが逃す手はない。
それに、今のマリカ公国の王女なら、ウェスティリア帝国でもシュピーレン国でも、アイオライト王国以外の大国に婚姻の申し出をしても受け入れられるだろう。
それをわざわざアイオライトに打診してきたのだから、よほどこの国に好意を持ってくれているのだ。
こんな、言ってはアレだが、「鴨がネギ背負ってやってきた!」な状況は、そうそうない。
それくらいは王妃になって数年のわたしにもわかる。
もちろんソフィアの下に王子が生まれたらそちらに王位がいくだろうけれど、そこに子が生まれなければ、王位が第一王女の子や孫にいくことは十分にあり得る。
アイオライトの領土拡大の可能性があるなら、断るべき縁談ではないのだ。
損得をすばやく勘定したであろうウィルは、「前向きに考えていきましょう」と使者を帰したという。
その会見に同席せず後から話を聞いたわたしにも、国の利益になることに真っ向から反対する勇気はなかった。
***
そんなわけで、逃げても逃げても漫画の設定が追ってくるかのような状況に、諦め半分に、しかし国のためにもウィルのためにも、自分のためにも、よき人間であろうとしていたわけだが。
ウィルとイアンが連れてきた右腕のない少年。
街で見たのとは全然違う。
きちっと従者の服を着て、片膝をつき、深々と頭を垂れている。
その姿が、わたしの中であるものと完全合致した。
ユアン王子の従者、隻腕のオリバー。
漫画で、アイオライトに来たソフィーが一人、陰ながら努力しているのをユアンに教えてくれるのが、彼だ。
基本的に主人であるユアンに従い、ユアンの命令がなければ何もしない。
読者としては「こいつ、いる意味あんの?」って感じだったのだけど、王が王妃と王女を見限る後押しをしたのは、このオリバーの注進だった。
物語の後半、王妃ロジーナと王女シャロンのいびりが最高潮に達し、王妃がソフィーの頬を直接ぶつのをオリバーが目撃してしまう。
オリバーはそれまでのソフィーの我慢や努力を彼自身の人生に重ね、王ウィリアムと王子ユアンに、ロジーナの悪行を教えるのだ。
あまり会いたくなかった人物の登場に、逃げだしたくなるけれど、わたしは王妃。
現実として王妃。
逃げられない。
ぽかんとしているユアンに、ウィルがプレゼントを渡すように微笑んでいる。
「見つけるのは簡単だったんだけどね。王族に仕えるのに相応しい振る舞いを仕込むのが、まだ途中なんだ。だからまだ君の側には置けないけど、いずれね」
ユアンがその少年のことをずっと気にかけていたのをウィルは気づいていて、余計な興味事なら消し去ろうとしていたが、少年の利口そうな目つきと他の乞食の子どもらをまとめあげる手腕に、従者にすることを思いついたのだそうだ。
ウィルの指示を受けたイアンは、その少年をひとまずハードフォード伯爵家に預けた。
わたしとルイーズのお友だち、キャロライン様の生家だ。
そこで礼儀作法や必要な知識を身につけさせ、あと一年もしたら王子ユアンの側仕えにさせるつもりだったらしい。
王妃のわたしにも言わずに!
けっこう大事なことなのに!
漫画で見たのより幼いオリバーは、微動だにせずひざまずいている。
間違いなく一生ユアンに従うであろう気迫を感じさせる。
ユアンを見やると、初めての自分の従者、それも以前乞食だった少年ということで、小説のような出来事だと思っているのか、嬉しそうにしている。
……続々と集まってきている、漫画で見た人々。
わたしと娘を幽閉する準備がどんどん整えられているようで、めまいがする。
いやいや、嫁いびりをせず、ふつうにしてたら大丈夫だから、うん。
***
「大騒動になっていたと、お聞きしましたわよ」
今日は、苦笑いするキャロライン様に、苦笑を返すしかない。
ユアン失踪事件の翌々日。
王妃の庭で、気の置けないお友だちとのお茶会。
わたしとルイーズ、キャロライン様は、週に一度はこうして集まっている。
キャロライン様がハートフォード家からウォリック伯のところへ嫁いでも、出産のために数カ月会わないことがあっても、何やかや話が合うのだ。
実家を出ているとはいえキャロライン様も、まさか自分の生家に元乞食で将来は王子の侍従になる少年がいるとは知らなかったそうだ。
こちらとしても、オリバー従者計画がぽしゃっていたらただの厄介者を押しつけることになっていたかもしれないので、キャロライン様にもご迷惑をかけたと思っている。
オリバーは、今は城で引き取って、イアンの下で武術の訓練を受けている。
「実は、私としましては、シャロン殿下の侍女にアガサを推薦したいと思っておりましたの。しかしながら、私もロジーナ陛下と親しくさせていただいておりますし、私の父のところからユアン殿下の侍従を、さらに私のところからシャロン殿下の侍女を、となれば、ハートフォード一族が権力に関わりすぎますから」
「わたしもアガサが来てくれたら楽しいと思っていたのだけど」
「オリバーはハートフォード伯のところで保護していただいていただけですが、貴族の方々からはやはり何か言われるでしょうし」
キャロライン様の長女アガサは、シャロンよりひとつ年上で、とても知的な女の子だ。
できればシャロンの侍女になって、シャロンにいい影響を与えてくれたらなあと考えていたのだけど。
あまり一部の血族から王族の側近を選んでいては、その一族が権力を持ちすぎる恐れがある。
あるいは王族を凌ぐ力を持つことも、という危険性があるから、アイオライトでは一貴族に肩入れしないようにしている。
さみしいけど、アガサは諦めよう。
そういえば漫画に「アガサ」という子は出ていなかったなあ……。




