48.トイレの王妃様は運命に抗えない2
イアンの傷を見たとき、今度こそ死ぬかと思った。
王領の見張り塔の兵士が事件に気づき、加勢に来てくれて、わたしたちは助かったのだった。
ぎりぎりだった。
あとの調査で、暴漢はワイアード伯が仕向けた者たちだったことが分かった。
伯は、王妃殺しが成功したら次は王城に乗りこみ、国王を殺すつもりだったという。
王妃が子を産むというタイミングなら気が緩んでいるだろう、しばらくの平和に胡坐をかいて王族の血に下賤な者の血を混ぜた王を討ちとり、建国以来ずっとその身分と血を継承している自分の家が王になるのに相応しい、と本気で思っていたらしい。
騎士団六十名のうち五十一名が殉職し、暴漢側の死者も百名を超えていた。
結局ワイアード領での安全の確保は難しく、ユアンは王都の城で産むことになった。
王子誕生の地となるはずだったワイアード領の民衆は、今度は領主だった伯爵の蛮行に憎悪を抱き、それは止めようがなかった。
怒れる民衆は農具や料理器具を手に領主館に押しいり、ワイアード伯とその家族親族は殺された。
またワイアード伯と親しくしていた商店や職人も標的になり、家や店が壊され、命も取られたか、逃げ延びた者は領外へ追いだされたということだ。
このときの騒乱はアイオライト王国のここ五十年の歴史で最悪の凶事ということで、元凶のワイアード伯の名は史書に残されることとなった。
王ではなく罪人として、永遠に。
***
「この王室騎士団副団長イアン・カーライルは、重傷を負いながら王妃ロジーナとそのお腹の子を守った。生まれた子はイアン・カーライルの忠義に応えられるよう、ユアンと名づけた」
あのときイアンは、身を挺してわたしとお腹の子、そして自分の妻ルイーズを守った。
わたしも、そのときの恩義に報いるため、ユアンと名づけたのだと思っていたのだけれど。
「君が生まれる前、私たちが即位したばかりのころ、枢密院議長が謀略を用いて王妃を陥れようとしたことは知っているね?」
「はい、知っています」
「もしイアンが裏切ろうと思えば、ワイアード伯に与することも出来た。しかし彼は王妃を守り、自分の部下だった内通者を自らの手で罰した。その上、申し訳が立たないからと大尉から少尉へ二階級降格を望んでいた。だが私への忠誠が揺るがず、命を賭して王妃を守ったのは、称賛されこそすれ処罰の対象にはならないだろう」
ウィルのカップが空になったことに気づき、ルイーズがお茶を注ぎたす。
夫が褒められているからだろう、ルイーズの口元が誇らしげに笑んでいる。
「私もイアンの忠義に報いるよう、精進してきたつもりだ。君が街で見てきたように至らない点はあるだろうが、民のために国を治めてきた。多少恨みを買ったこともあるが、そうされることも王の務めなのだと受け入れてきた。私には信頼できるイアンがいたから、イアンとともに様々なことをやってきた。ユアン、君もね、そのような存在がいたらいいだろうと思っていたよ」
滅多に見ることのない冷徹な瞳をしたウィルに、ユアンが居ずまいを正す。
「私のように、何かを変えたいと思ったとき、影となって協力してくれる、絶対に裏切らない存在。君にもそんな存在ができたらいいと、私の大切なイアンからその名をもらったんだ」
……そうだったんだー。
知らなかった。
イアンが本当にウィルに尽くしていることは知っていた。
ルイーズがわたしにしてくれるように。
でも今のウィルの言い方だと、けっこうダーティなところでも動いていたらしいと推測できる。
王とはいえ非合法な方法で何かをするなら、絶対に秘密を漏らさず協力してくれる人は貴重だ。
「今回もイアンに協力してもらった。ユアン、君が探していたのは彼だろう?」
ユアンもわたしも、ルイーズも、思いもよらなかったウィルの言葉に硬直してしまう。
彼?
誰だ、彼って。
ウィルがイアンに合図する。
一旦下がったイアンが扉の外から連れてきたのは、右腕のない少年だった。
***
本当は、ユアンは街に出て、二カ月前に見た乞食の少年を探そうとしていたらしい。
それで『王子と乞食』のように、実際に自分の影武者にしようとしていたのだが、そもそも外見が結構違うから、はじめから無茶なことだった。
まあそんな浅はかさで行動していたというのだから、ウィルがああやって怒るのも無理はない。
凶事のあとに生まれたユアンはすくすく育って、それだけでも感謝していたのだけれど、まあこんな騒ぎを起こしてくれて。
ではユアンの妹、漫画では王妃ロジーナと一緒に嫁イビリして幽閉エンドを迎える王女シャロンはというと……。




