46.トイレの王妃様の長男、泣く
半地下の厨房の入り口には、おろおろするメイド達がいた。
「ここにいるよね?」
ドアを開けて、誰が、とも言わず、ウィルとイアンがずかずかと入っていく。
緊張感漲る使用人たちに申し訳なく思いながら、それを追いかける。
奥の奥、野菜の袋を積んでいる一画で、うごめいている影があった。
どうやら着替え中みたいだ。
「何をしているのかな、僕の息子は」
びくりと震えた小さな子は、間違いなくユアンだった。
***
ちょうど午後のお茶の用意をしていたホールで、ユアンから事情を聞く。
ユアンは、料理人の息子がユアンより四つ年上で、その子の服と取り換えて城の外に出るつもりだった、と白状した。
なぜ料理人の息子を知っていたのかというと、城内の隠し通路を確認しに厨房を通り抜けたとき、その息子を見かけたから。
じゃがいもの皮をとてもうまく剥いているその男の子と、友人になりたいと思った。
『王子と乞食』の本を読んでからは、彼と入れ替われば庶民として街中を歩きまわれるのではと思っていた。
お茶を載せてくるワゴンに隠れて厨房まで行けたので、何度かそうやって彼と顔を合わせた。
大抵は朝のお茶が下げられるワゴンで厨房に行って、お昼前のお茶を運んでくるワゴンで部屋に帰れば、侍女を誤魔化せた。
厨房の人たちは自分を王子だと知っていたけど、「父王もこのことを了承している」と言って、口止めしていた。
平民の恰好をして、自由に街を歩いてみたかった。
今日は午後の予定がなかったから、代わりに料理人の息子を置いていって、昼寝しているように見せれば大丈夫だと思っていた。
服を交換しようとしたのは自分で、彼は自分を止めようとしていた。
だから彼のことも厨房の人のことも、許してほしい。
泣きながら話すユアンがかわいそうになってくるも、擁護できるところは何ひとつない。
「それで、ユアンは自分が王子だからって、厨房の使用人たちに無理を言っていたの?」
「ちが、ちがいます……」
「使用人たちは、王の許可を得ていると君が言ったから、これまで君の行動を黙認してきたのだよね? 本来ならすぐに報告が必要な君の行動を、彼らは黙っていてくれたのだよね?」
「……はい」
「侍女にも言わず、勝手に私たちの目の届かないところへ行っていたこと。そして嘘をついて使用人たちを従わせていたこと。挙句、自分が街へいくために使用人の息子の着ているものを欲しがり、実際に着ようとしていたこと。どれも王子として、許されない振る舞いだよ」
ウィルが容赦なく問い詰めていく。
「それにね、厨房の使用人たちも、許されるわけがない。すぐに報告をあげなかったのは君が口止めしていたせいだけど、王子が行方不明だと騒いでいるときにも何も言ってこなかったから、私たちが君を見つけるまで城内は非常事態ですべての業務に支障が出た」
「申しわけございません……」
「厨房の使用人たちは、もう雇い続けることはできない」
「そんな……! 悪いのは僕です!」
「悪いのは君も、使用人もだ。君を匿った使用人らは、誰が主人なのか理解できていなかったようだから。君は小説の主人公気取りでやっただけのことかもしれないけれど、その浅はかな行いで、どれほどの人間に影響が出るのか、しっかり見ておきなさい」
「っ、わかりました、お父さま……」
うなだれるユアンは、ウィルの瞳に浮かぶ悲しみや慈しみに気づいてくれているだろうか。
厳しいようだけど、ウィルが今言ったことは王族であれば、まして王子であるなら、当然のことだ。
自分のしたことがどれほどの影響力を持つのか、わかっていなければならない。
「ねえ、ユアン」
ウィルが先ほどとは違う、やわらかい声で語りかける。
「君の名前は、このイアンにあやかって付けたのは知っているよね?」
「はい」
「なぜわざわざそうしたと思う? 臣下から名をとって王子の名にしたのは、どうしてだと思っているの?」
「それは……、わかりません」
ウィルは背後に控えるイアンを振りかえり、満足そうに笑う。
「イアンは、絶対に私を裏切らない」




