45.トイレの王妃様の長男はどこへ?
ユアンがいなくなった部屋のベッドの上には、『王子と乞食』の本。
ユアンはもう自分で大人向けの小説を読めるようになっていたのね、なんて感慨に浸っている場合ではない。
「ウィル、もしかしてユアンは……」
「うん、『王子と乞食』に触発されてしまったようだね」
右往左往する貴族や使用人らの中、ウィルは苦笑いしている。
「でも双子のようにそっくりな身代わりの子を探すのは無理だったみたいだね。入れ替わりの子どもを置いていくのを忘れているよ」
「いえ、それよりもユアンはどこへ」
「朝はこの部屋にいたんだよね?」
ユアンは朝食をこの寝室でとった後、寝室の手前の部屋で家庭教師のキングズリー卿から歴史と宗教の授業を受け、卿が退出してから一時間、昼食の準備ができたと呼びにきたらもう部屋にはいなかった、とユアンの侍女がつっかえながら教えてくれた。
まさか侍女にも何も告げていなかったとは。
「乞食になろうとしたって、乞食の服を手に入れなければならないわけだけど。あ、ベッドの中に服を隠してるけど、これって今朝着ていたやつかな? だとすると、どんな格好をしてこの部屋から出ていったんだろう」
すぐに場内の見回りをしていた兵士らを呼んで、ユアンと同じくらいの歳の子を見かけなかったか訊いてみたけれど、誰も見ていないと言う。
城の門を出入りしたのは、石炭を搬入する荷馬車だけとのことだ。
「だとすると、怪しいのはその荷馬車だろうか」
「その場合、荷馬車の御者か持ち主と殿下が顔見知りでないと、乗せられないだろう」
「殿下がそのような者と知り合う機会などないのでは」
「次に怪しいのはキングズリー卿だが」
「彼はもう帰ってしまったのか」
「いえ、まだおります。ですが、彼は、このような、ユアン殿下の危険になるようなことに手を貸すとは思えません……!」
「しかし今日ユアン殿下とお会いしたのは彼だけではないか」
「彼に聞いてみればいいではないか。彼はまだ貴族になって日が浅い。殿下へのご対応の仕方を知らないのかもしれん」
「そうだな、社会勉強などと言って連れ出す算段をしたのかもしれない。庶民の子ではないというのに」
貴族と科学アカデミーの研究員らがぼそぼそと、キングズリー卿を責めるように話している。
キングズリー卿は、生まれは平民で建築家だったのだが、その荘厳で緻密なデザインが王都の貴族から人気があった。
さきほど彼をかばう発言をしていた都市計画家のリース伯からの信頼が篤く、王立科学アカデミー特別研究員に推薦され、最近準男爵となった。
「ユアンの教師には、このアイオライト王国の歴史を熟知し、かつ都市の整備を考えられる者が欲しいな」とウィルが望み、彼に白羽の矢がたったのだ。
その経歴から、生まれながら貴族からやっかみの対象になる可能性も大いにある。
彼を買っているリース伯も、その心配をしているのだろう。
わたしも田舎男爵という平民に近い出だし、そういう奴らからの悪意を受けるのが存外しんどいことだというのも知っている。
できれば彼は、わたしが体験してしまったように、誘拐とか暗殺とか陰謀とかに巻きこまれないようにしてあげたい。
……まあこれも、キングズリー卿がユアンを匿っていないことが前提なのだけど。
キングズリー卿が犯人だと騒ぎだした貴族らを制して、ウィルが言う。
「たぶん、ユアンは厨房にいるだろう」
……どうして?
どうしてわかるの?
どうして厨房?
ウィルの思考が理解できないまま、王室騎士団副団長のイアンを先頭に、厨房へ向かう。
「ユアンはこのところ、炊き出しがいつ行われるのか知りたがっていたでしょう?」
「そういえば、わたしにも訊ねてきました。以前ユアンをつれていった修道院での炊き出しはいつかと」
「炊き出しに参加したいのかなと思ってたんだけどね。ロジーナが言ってたでしょう、ユアンが子どもの物乞いのことを気にしていたって」
「あ、ええ、ユアンを初めて視察に同行させたときのことですね。確かにあのときから、孤児院や修道院の場所や炊き出しの日程を訊いてきていました」
ん?
ユアンは炊き出しをしようと思って厨房に行ったの?




