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42.トイレの王妃様、崇められる



イザベル・アンヌ様とともに食べ歩きに精をだしている前国王のモーレイ八世は、まるまると肥えていた。

あの肖像画に瓜二つ……。

そりゃまあ本人なんだけども。


貫禄がより増したと言えば聞こえは良いが、まだまだ働き盛りの年齢だから、健康が心配だ。


モーレイ八世が苦い顔で言った。



「屋台の食べ物があんなに美味いものだとは知らなんだ。味付けのシンプルなものが多いが、塩だけの料理があんなに美味いとはな」




***




平民ゲイソン・クロスと平民ルテル夫妻の処刑には、王家の名代としてイアンが立ち会った。

陥れられそうになった王妃であるわたしが見届けるのも、「ザ・仕返し」っぽくてよろしくないしね。



グラナトではここ数十年、処刑が行われることがなかった。

犯罪といえば盗みや借金の滞納がある程度で、殺人などの重犯罪が起こらなかったためだ。

罰なら精々が借金の返済や盗んだものの分を労働で賠償させるぐらいだった。

わたしを誘拐したエド・リッジの処刑は王都でだったし。


それが今回のこの事件。

死者は出るわ地元が輩出した心優しい王妃が冤罪を着せられるわで、普段温厚なグラナトの民は罪人に対して、リンチに発展しそうなくらいの怒りを燃やしていた。

実際、縛り首になったゲイソン・クロスとルテル夫人の遺骸は、三日間の見せしめの間、石を投げられつづけていたという。

ルテル夫人は最後の瞬間まで、周囲を取り囲んだ民衆に対して、「私を誰だと思ってるのよ!」「この家畜どもが!」と喚いていたというから、罵られたほうも石を投げたくもなるだろう。

巻きこまれ縛り首のルテル氏は、死刑台の足元の床が落ちる寸前まで、命乞いの言葉を口にし、そんな彼には憐れんで花を手向ける者さえいた。


日本だったら、というか、わたしが転生する前の世界だったら、こんな非道徳的なこと、時代遅れもいいとこだっただろうけど、何せ娯楽の少ないこの社会。

罪人への刑罰がエンタメ化されていてもしょうがないのだ。

処刑されるのは情状酌量の余地もない強盗殺人の犯人とかだし、犯罪の抑止効果もあるし、わざわざ止める理由もない。



村々に預けられていたスピネルの耳飾りとペリドットの首飾りは、わたしが買い上げることにした。

ゲイソン・クロスとルテル夫妻がやらかした迷惑料として、相場の二倍の値段で、だ。

大切な家族や親族の失われた命や、無くなった土地の代わりにはならないが、お金に代えてでしか償えない。

生き残った人たちの世話はグラナト領主である父の仕事でもあるし、幸いグラナトの観光は盛り返してきている。

オレンジの出荷も増えてきているし、国内各地ではオランジェリーを建てる人も出てきて、グラナト出身の庭師の求人も多い。

仕事はとにかくたくさんある。

王妃への逆恨みに巻きこまれて失われたもの以外、衣食住に関して変わりなく暮らせるだろう。



わたしも名誉を傷つけられた被害者かもしれないけれど、わたしへの逆恨みで民の命が失したのは、けっこう辛い。




「心労をかけてしまったね。申し訳ない」

「いいえ、ウィルが謝ることではありませんもの」



ウィルがわたしの寝室に来るのは久しぶりだ。



「側近からあのような者を出してしまったから、私の責任だよ」

「それは……、確かに監督責任はありますわね」

「ね」

「それでもやはり、わたしも抜けていたのですわ。保守派のレッドサム伯……、ゲイソン・クロスがわたしのことを良く思っていないのも、もっと早く気が付かなければなりませんでした」

「それなら彼とよく会っていた私のほうが、気が付かなければならなかったよ」

「彼は、ウィルの前では完璧な臣下を演じていたでしょうから」



傷の舐めあい。

でも、お互いに労わりあう気持ちがあるのだ。



「このお茶を飲み終えたら、お部屋に帰られてしまいますか?」



ルイーズが下がる前に淹れてくれたカモミールティーは、もうすっかり冷めてしまっている。



「どうしようかなと思っていたけど、朝までここにいようかな」



ふわっと笑んだウィルは、いつぶりか分からないほど穏やかだ。

そうだ、やれることは全てやったのだ。

わたしも、王妃の日常を取り戻さなければ。




***




朝、眩しくて目が覚めた。

メイドではなく、ウィルがカーテンを開けたのだ。

すぐに朝のコーヒーが運ばれてきて、ウィルと二人で飲む。


ウィルが楽しそうに言った。



「ところで最近王都で流行ってる絵があってね。ワッツが一枚、ホールに飾るために描いてくれたよ」

「ワッツ……、ああ、以前わたしたちを描いてくださった画家ですね。どんなのですか?」

「トイレの王妃様が洗練されたドレスに身を包み、その後ろにルテル夫人がうずくまっている絵だよ」

「……それ、わたしがいじめっ子みたいに見えません?」

「みんな分かっているから大丈夫だよ。それにもっと過激な、ルテル夫人が縛り首になっている背景のバージョンもあるらしい。あと、ものすごく悪い顔をして黒死病の菌が入った瓶を持っているルテル夫人単体のものも人気があるようだよ」



民の間では、「トイレの王妃様が黒死病を流行らせた悪者を退治した」という噂が広がっている。

王都ではティナム男爵夫人だったころのルテル夫人を覚えている人が多くて、あの威張りくさった性悪で最低な女を「トイレの王妃様」がやっつけてくれた、と、またあの「トイレと王妃様」の肖像画を飾る家も増えた。

ちょっとの間出まわっていた「黒死病はトイレの王妃様の自作自演」説は、跡形もなくかき消えてしまった。


そんな物語を作ったのは自分で、半分は自作自演だと自分でも思っているから、ちょっとうしろめたい。

けれど、わたしは王妃。

国王であるウィルの治世にプラスになるなら、何でもやる覚悟をしていなければ。




こうしてグラナト黒死病事件は幕を閉じたのだった。


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