41.トイレの王妃様、物語をつくる
「あのトイレをする姿勢の人形、カガネーをグラナトに持ちこんだのは、あなたたちね?」
男の子がズボンを下ろして丸出しにしたお尻。
便器に腰かけている姿勢で、もう完全にいたしている最中の姿。
「トイレの王妃様」を連想させ、ロジーナ王妃を讃えるためにグラナトの民らが飾っていた人形。
グラナトの人たちからは善意しか感じ取れなかったけれど、あれを持ちこんだ奴には悪意を感じた。
カガネーが持ちこまれた時期と黒死病が入りこんだ時期は一致する。
もしやカガネーも、わたしへの嫌がらせの一環だったのではないか。
ルテル夫人の喉から騎士の刃が下げられて、口を開くことが彼女に許された。
その表情はさきほどまでと変わらず、ぎらんぎらんの瞳孔が開きまくった目でわたしを睨みつづけている。
「あんなもの! 馬鹿みたいに有り難がっちゃって! 所詮、あんたみたいな女を産んだ田舎ね! みぃんな馬鹿ばっかり!!」
見兼ねたイアンが合図して、再び騎士がルテル夫人の喉に刃をあてた。
歯を食いしばった夫人の頬の筋肉が痙攣している。
わたしも騎士に目線を送り、また刃を下げさせる。
「貴女が黒死病とともにカガネーを持ちこんだのね?」
「だったら何!?」
「ルテル夫人。貴女がやったことで、民の命が失われました。そのことをどう思っているの?」
「民? 民がどうかした? 民なんて、貴族じゃないもの。人間じゃないわ。家畜よ、家畜。いくら死んでもいいじゃない。生きてても人間としての価値なんてないもの」
「本気でそう思っていらっしゃるの? 貴女も平民なのに?」
「私は! 平民じゃないわ! 子爵家に生まれ、男爵家に嫁ぎ! 私は貴族なのですよ!」
「貴女の今の身分は平民。貴女の夫もウェスティリアの平民。貴女も人間でしょう?」
「違うわ! 私は貴族! 今だけレッドサム伯の密命を受けて平民のふりをしているだけよ! 私は貴族で、価値のある人間なのよ!」
開いた口が塞がらないとはこういうのを言うのだろうか。
モーレイ八世とイザベル・アンヌ様も呆れかえって、ため息を繰りかえしている。
「レッドサム伯。貴方も平民のことを人間ではないと思ってらっしゃるの?」
再び刃で黙らされた夫人を諦めて、レッドサム伯に尋ねる。
「人間とは貴族のことです。平民は貴族のためにある劣った人間のこと。人間になりきらない家畜でございます」
「そうやってルテル夫人を焚きつけたの?」
「焚きつけるも何も。ルテル夫人もよくご存知でしたよ。平民は家畜で、家畜から人間になるためなら何をしても構わないと。彼女も子爵家の出ですから、元はちゃんとした人間なのですから」
騎士の何人かが、射殺さんばかりに彼らをねめつけている。
ここにいるのは王室騎士団だけだけど、その団員には平民出身の者も多い。
「見損なったぞ、レッドサム伯」
モーレイ八世が小さく呟いた。
「民のことをそのように考えておったとは」
「おや、前国王ともあろう方が。貴方様もこのロジーナに洗脳されてしまわれたのですか」
「民は家畜ではない。我らの生活を支えてくれている、我らが守るべき人間だ」
「そのような世迷いごとを」
「世迷いごとを並べたてているのは貴様のほうだ! 貴様も生まれは平民だったが、賢く、その忠誠は疑うべくもなかった。私は相談相手に適任だと思い、貴様を枢密院議長にした。その地位に必要な伯爵という爵位を与えた。それもこれも、貴様が優れた人間だと思っていたからだ」
「ああ、陛下……! 陛下のおかげで私は人間になれたのです!」
感極まっているレッドサム伯には申し訳ないが、彼はこれから爵位剥奪の上、縛り首になることが決まっている。
ルテル夫人も貴族に取り立てられることはなく、縛り首か石打ち刑のどちらかになる。
彼らが家畜と信じこんでいる平民の前で、その刑は執行されるのだ。
***
即位して早々、枢密院議長に裏切られていたというのは、醜聞でしかない。
仕方がないから、適当な物語をつくることにした。
わたしが礼讃されるようにとウィルがやってきたのと、同じことをしたのだ。
『レッドサム伯という男は前国王の信頼篤い臣下だったが、イザベル・アンヌ様に横恋慕してしまった。
黒魔術でイザベル・アンヌ様を自分に振り向かせようとしたが、うまくいかない。
国王がモーレイ八世からウィリアムになり、イザベル・アンヌ様ともなかなか会えなくなった。
黒魔術がうまくいかないのもイザベル・アンヌ様に会えないのもウィリアムのせいだと思いこみ、国王から失脚させようと、王妃ロジーナの出身地であるグラナトの民衆を黒魔術の生贄にしようと企んだ。
横領をロジーナに告発され、ロジーナを恨んでいるルテル夫人が、レッドサム伯と手を組むこととなる。
レッドサム伯は国王ウィリアムを、ルテル夫人は王妃ロジーナを、それぞれ陥れようとして、王国の民を恐怖の病に巻きこんだのだ。
そもそもルテル夫人が幽閉先の修道院から出られたのも、愛する人と結婚したいのならとロジーナが温情を与えたから。
それなのにルテル夫妻はその恩を忘れ、逆恨みで民衆を死に至らしめた。
果ては全てをロジーナのせいにすべく画策した。
奴らは生かしてはおけぬ国の敵、国民の敵だ』
そんなわけで、レッドサム伯ゲイソン・クロスは爵位剥奪。
平民ゲイソン・クロスとして、誇り高き斬首ではなく、縛り首とする。
同じく平民カイリー・ルテル並びにその夫フランシス・ルテルも、縛り首。
処刑地はグラナトで、民衆に物語を散々聞かせたあとに執行されることとなった。
ここまでわたしたちで決めて、後は家臣らに任せるばかり。
気が緩むままに、みんなでお茶を飲む。
イザベル・アンヌ様が連れてこられた菓子職人が、梨のシャルロットや新食感のエクレアを作り、チューリップが飾りつけられて、テーブルの上はここ一番の華やかさだ。
「それにしても、父上……」
がんがんに濃くしたアールグレイのカップを置いて、ウィルが言った。
「太りましたね……」




