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4.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、トイレ研究所をつくる?

起き上がって見に行くと、ガタンガタン、ゴトンゴトンと運びこまれる家具や荷包みが、玄関ホールを埋め尽くそうとしていた。

運んでいるのは若い男たち……、どう見ても王家の紋章入りのマントを羽織っている。


「な、何なの、これ」


家令のダグレイがあっちこっちに荷物を移動させる指示を出しているけど、間に合っていない。

父は、若い男たちの隊長と思われる、一段とガタイのいい人と話している。

そこから漏れ聞こえてきたのは、水洗トイレという言葉だった。


そうか!

きっとウィリアム殿下が水洗トイレを贈ってくださったんだ!


今までトイレがあった部屋は、まあ、その、汚物の香りが漂っていたけれど、これですっきり息を吸ったり吐いたりしながら用を足せるのね!

バケツの中身を見られるという羞恥ももうなくなるのね!

なんて有り難いの!


「あ、お母様、トイレはどうなりましたか」


ホールまで出てきた母に聞いてみると、相変わらず青い顔でにこにこしながら、


「配管工事をしてくださっているわ」


と教えてくれた。


ああ、ずっとずうっとずうぅっと欲しかった水洗トイレ。

今夜から使えるかしら。



***



夕食の席で、父アンドリューが土気色の顔をして、家族全員に通達した。


「ロジーナが欲しがってた水洗トイレというものが、水仙の間に付けられました。恐れ多くも王家から賜ったものです。大切に大切にしましょう。使い方はそれぞれデボラに聞くように」


父の右斜め後ろに立っているデボラが一礼する。


「それから、ここにいる騎士団の皆さんですが」


食堂の中には、家令のダグレイ、メイド頭のデボラ、そしてわたしたち家族を取り囲むように、屈強な男たち五十人が並んでいる。

異様だ。

室温がものすごく上がっている。熱い。

さらに夕方、荷物を運んでいたのが彼らなので、汗のにおいも結構している。


「ロジーナを守ってくださるため、王家から派遣されたとのことです。どうやら新しく創設された小隊だそうで、ロジーナが王都に発つ一年後まで、皆さんもこの屋敷に住む……はずだったのですが、屋敷にそんな収容能力はないので、屋敷の横に宿舎を建てて、そこに住まわれるということです」


あああ、申し訳ない。

せっかく王都という都会で王室騎士団という誇り高い任務をしていらっしゃっただろうに、こんな田舎の、男爵家に派遣されてしまうなんて。


騎士たちに目をやると、誰もかれも気まずそうな表情をしている。

そうだよね、まさか屋敷がこんなに狭いと思ってなかったよね。

うちの屋敷は、わたしと妹は同じ寝室、弟三人同じ寝室、父と母の寝室、トイレが設置された水仙の間、父の書斎兼図書室、食堂、厨房、応接室、そしてダグレイ、デボラ、料理人のマルタン、乳母のマノン婦人それぞれの部屋、と、貴族の屋敷としては破格の部屋数の少なさよ!

きっと王子の婚約者の実家なら、男爵家といえどお金があって、騎士団一人ひとりにも部屋が宛がわれると思っていたに違いない。

本当にごめんなさい。


「それと、これが一番大事なことなんだけど、ロジーナの婚約のことは、絶対に、絶対に内密に、とのことです」


父の顔色、今期最低の土気色を更新。


「あの、騎士団の皆さんが、その、こんな大勢の方に来ていただいて、感謝しかないのですが、この村にこんな大勢の方が王都から来ることは滅多にないというか、今まで陛下が来られたときしかなかったので、すでに村中で噂になっちゃってます。だから、せめてもの悪あがきというか、村の人たちには、ロジーナがトイレの研究所を作って、騎士の皆さんはその研究員ということにしました……」


……。

………。

…………は?

トイレの研究所?

トイレの研究員?


騎士の方たちは皆、「やむを得んが複雑だ」という顔をしている。

隊長さんだけが堂々と、「任務遂行のために最善の策だ」と言わんばかりの目の輝きを放っている。


「明日から、庭の一角にトイレの研究所の建設が始まります。それが出来てから、ロジーナは王都から来られる家庭教師の先生と、そこで学んでください」


あああ、トイレ研究所で勉強しなきゃならないの?

トイレの研究員にされた騎士の方たちにも同情するが、わたしは自分自身も気の毒になってきた。

トイレの研究所とされたところに毎日通うなんて、トイレの研究をしていると思われちゃうじゃない。

わたしが欲しかった水洗トイレはもうあるから、これ以上トイレに望むことはない!

ウォシュレットの存在とかも思い出したけど、そこまで高望みはしないから!



「これおいしい!」


顔色の悪い父の話に飽きたのか、弟たちが騒ぎだした。

屈強な男たちに囲まれているというのに動じていないとは、我が弟らはなかなかのツワモノだ。


「ほんとだ、おいしい!」

「イアン様がくれたんだよ!」

「ちがうよ、おねえちゃまのために王子様がくださったんだよ!こんなにおいしいお肉、王子様しか持ってないよ!」


ちびっ子たちが賛美している牛肉のステーキを見ると、確かにいつもと違う。

いつもは内陸の牧草地から買っている牛肉で、赤身のかたい肉だ。

今目の前にあるのは、噛むとどこにも歯が引っかからない、やわらかくて甘いステーキだ。


「口に物を入れたまま喋るのはやめなさい」


母が注意する。


「これも騎士団の方たちが持ってきてくださった、王家から下賜されたものだよ」


ナイフとフォークを握る父は、涙をこらえている。


「私はもう、ちょっと、いっぱいいっぱいだから、明日から漁に出るウィルフさんの船に乗せてもらって、魚を釣ってくるよ。家のことはダグレイに」


父の左後ろのダグレイはイキイキとして、やる気に満ち溢れている。

父より年上だが、やつれた父より若く見える。


父はそれこそ、村の人たちと一緒に漁に出たり猟に出たりしているほうが、性に合っている。

王家と繋がるなんて考えたこともなかったはずだから、娘が王子の婚約者になったなんて状況、パニックになるのは当然だ。



父を可哀相に思いかけたところで、はっと気づく。

トイレ研究所を作ったと思われる娘のわたしのほうが可哀相じゃないか!?

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