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36.トイレの王妃様、尻尾をつかむ



「王妃様に王都から追放された、元貴族?」



ルイーズが奥さんの言葉を復唱した。


瓶詰イワシを売っているお店の主人はジャックさん、奥さんはハンナさんという。

二人ともこの海辺の村の生まれ育ちで、幼なじみ。

ハンナさんの妹さんは、十年前に別の村の男性へ嫁いだらしい。

おそらく今回の黒死病で最初に亡くなった農民の二人の子どもが、ハンナさんの妹さんのお子さんなんだろう。


ハンナさんは、グラナトに暮らしていたロジーナ王妃が領主アンドリューと見回りに来たとき、何度か会って話したことがあると言っているが、目の前のわたしの正体には気づかない。

やっぱりわたしがツリ目になったからかしら。


ルイーズが、あくまでゴシップに興味を持ったふうを装って聞いた。



「その元貴族様というのは、どなたです?」

「ルテル夫人よ。前は男爵夫人だったって言ってたけどねえ」

「へえ、なんか波乱万丈そうな話ですね。ある男爵家から夫人が離縁されたというのは、私も王都で聞いたことがあります。その方のお名前って、カイリーというのではありませんか?」

「ああ、そんなだったわねえ。これがお優しい方でね、王都で炊き出しをやっていたんだけど、王妃様からそのお金を横領したって濡れ衣着せられて、修道院に入れられちまったってさ」



わたしからは背中しか見えないルイーズから、冷気を感じる。


王妃に王都から追放された男爵夫人、名前はカイリー……、ってティナム男爵夫人よね。

炊き出しのお金を横領してて、上から目線でわたしに「自分の息子の嫁になれ!」「着ているドレスを雑巾にして掃除しろ!」って強要して、ってわたしより悪役に相応しいことやってた人よね。


それが今は、ルテル夫人?


……。

ちょっと待てや。

あいつ横領してたやんけ!

濡れ衣じゃなく、ちゃんと自分が横領しとったやんけ!

わたし現在進行形で黒死病流行らせた濡れ衣着せられてるんですけど!?

しかも王都から追放したのわたしじゃないよ!

国王だったモーレイ八世のご裁定だよ!

そしてどうして幽閉先の修道院から出てきてんの!?


わたしとルイーズの顔色に気づかず、ハンナさんは朗々と続ける。



「それでもやっぱり、地道に生きてりゃ報われるもんだってあの人は笑ってたよ。行商の途中で修道院に宿を借りたウェスティリアの商人に見初められてね、その商人に娶られたんで修道院を出られたんだと」



ありがとう、ハンナさん。

修道院を出られた理由が分かったわ。

裏取りはさせてもらうけど、確かにそういう理由なら考えられなくもない、かなあ。

いや出すなよ、とは思うけど。



「わたしもそのルテル夫人にお会いしてみたいわ。ルテル夫人の旦那様は、ウェスティリアの品物を扱ってるんですか?」



わたしがにこやかにそう言うと、



「ルテル夫人はこの村にご滞在中ですか?」



ルイーズが踏みこんで聞いてくれた。


今すぐ本人と会うわけではない。

無為無策で会うわけにはいかない。

元ティナム男爵夫人、現ルテル夫人が、わたしに対する逆恨みから、黒死病をこのグラナトに持ちこんだという可能性は、大いにある。


ハンナさんは、商家の娘らしきわたしと、同じく商人の妻であるルテル夫人を会わせるメリットを分かっている。

二人を会わせたら、新しいビジネスが生まれるかもしれない。

そのビジネスに自分も関われるかもしれない。

そんな期待からハンナさんは、わたしとルテル夫人を会わせてくれるだろう。



「残念だねえ、ルテル夫人は一昨日、立ったんだよ。うちで仕入れた瓶詰をウェスティリアで売るのさ」

「次に来るのはいつごろでしょうか?」

「今度は二週間後だろうね。昔と違って汽車があるから、頻繁に買いつけに来れるんだよ」

「……もしかして、黒死病が出る前にもルテル夫人はグラナトに来てらっしゃったのですか?」

「来てたんじゃないかねえ。なんせよくうちの瓶詰を買ってってくれるんだ。黒死病のせいで観光客が減ってるから、感謝しきりだよ。ああ、それにルテル夫人の旦那さんがやってるミモザ商会は、たまに珍しいものを入荷するよ」



ハンナさんが、わたしとルイーズに顔を近づけてきて、ものすごく小声で、言った。



「あの騒乱の北東の国の品が入ることがあるんだ」




***




「繋がったといえば繋がったわね」



領主館に帰って、ルイーズとため息をつく。


黒死病は北東の国にあったもの。

このアイオライト国内で、交易のない北東の国と少しでも繋がりのある人物は、それだけで要注意人物だ。

特に、黒死病がいきなり発生したグラナトに足を踏みいれたこともある人物がいたら、その人は事情聴取を受けても不思議ではない。

とにかく、ルテル夫人と名乗る女性を捕まえなければ。



「元ティナム男爵夫人のいた修道院に確認を取りに、騎士を一人王都に行かせました。詳細が分かり次第、こちらに連絡が来ます」

「ありがとう。もしも本当にルテル夫人が元ティナム男爵夫人だとして、夫人の入っていた修道院は、どうして夫人を出してしまったのかしら」

「夫人の入れられた修道院は、前国王が信頼できる筋から選定したところでした。何の理由もなく解放することはあり得ないかと。ハンナさんの言っていたことは、ルテル夫人という女が作り出した話でしょう。おそらく修道院に、何らかの圧力がかかったのではないでしょうか」

「一番ありそうなのは、それね。国内の反ロジーナ派が夫人を利用できると考え、修道院に圧力をかけた」

「元ティナム男爵夫人をどこに幽閉したかを知っているのも、国内の貴族だけですし」



わたしが王妃になったことに対する反ロジーナ派の反発が、このような形で表れたのか。

それとも、反ロジーナから反王家になり、王国そのものを潰そうとしているのか。


どちらにせよ、そのような理由で民の命を奪ったことを、許してはおけない。



「お茶が冷めてしまいましたね。淹れなおします」

「いいえ、これでいいわ」



贅沢にあたたかいお茶を飲める気分ではなかった。



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