表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/80

35.トイレの王妃様、カガネーとご対面



グラナトは来るたびに発展している。

わたしが子どもの頃にはなかったパン屋や仕立て屋が立ち並び、商店街ができていた。

農道のような道ばかりだったのが石畳になって、祭りでみんなが躍る広場もモザイクレンガが敷かれている。

王都とは違い、下町のような親しみやすさがある。



「とりあえず、町を歩くだけ歩いてみようと思ってるのだけど」



広場には市が立っていて、以前のグラナトにはなかった雑貨の店が賑わっていた。

シュピーレン国のおもちゃを扱っているテントもある。

男の子らが、売り子の手にある船の模型を熱心に眺めている。

女の子は同じ店のお姫様の人形を、値段と見比べてうなっている。


楽しそう……。


護衛は町中に散ってもらっている。

何かあったらすぐに駆けつけてもらう手筈だ。



「誘惑には打ち勝てないわ……」

「ええ、お嬢様、私もです」



普通に買い物をしたい。

今日は城にいるときの動きにくいドレスではなくて、ヒールの低いブーツに丈が短めの歩きやすいスカート。

買い物するのに都合がよい。とてもよい。


わたしとルイーズは頷きあい、端からテントを回ることにした。




「王都で食べたのと同じ果物があるわ」

「これなどうちのシーフィールド領の名産ですよ、よくここまで運んできましたね」

「鉄道で運べるようになったからね」



瓶詰ジャムの店で、シーフィールドプラムのジャムを買う。

八百屋、肉屋、帽子屋、リボン屋、ファッジ屋、チョコレート屋、と見ていくと、気になることがあった。



「ねえ、ルイーズ。聞いてもいいかしら」

「はい、なんでしょう」

「店のそこかしこに飾られている変な人形は、一体何かしら」



どの店にも、陶器の人形が飾られている。

男の子がズボンを下ろしてお尻を丸出しにし、中腰になって用を足している格好の人形が。



「わたし、何か違うものを見ているのかしら」

「お嬢様、私もおそらく同じものを見ておりますよ」



さきほど通りすぎたファッジ屋を振りかえると、ファッジを持った器の横に、間違いなくあった。

意味がわからない。


なぜ尻を丸出し?

なぜトイレをしている最中?


意味が、わからない。



「これは何ですか?」



ルイーズがチョコレート屋の主人に尋ねる。

ウェスティリア風のユリ模様のスカーフを首に巻いた、恰幅のいい男性だ。

ご主人はウェスティリア訛りで答えてくれた。



「カガネーだよ!」

「カガネー?」

「おや、お嬢さん方はご存知ないかね。ウェスティリアよりももっと向こうの遠い国の人形で、本来は豊穣を願って飾るものなんだけどね。ここいらはトイレの王妃様ご生誕の地だから、自動水流洗浄トイレを発明した王妃様を讃える気持ちもこめて飾っているんだよ」

「なるほど、そうなんですね」

「それにな、ここだけの話だよ。この前の、体が黒くなって死んじまう奇病があっただろう。あれもこのカガネーを飾っているおかげでそんなに広がらなかったって話があるんだよ。どうだい、お嬢さん方も欲しくなってきただろう。カガネー屋もあるから見てったらいい」

「そうですね、お土産に買っていきます。ありがとうございました」



謎は解けた、みたいな顔をしてルイーズがこちらを向いた。

いやいやいや、トイレ繋がりなだけ……だよね?

なんでこんなトンチキな人形が流行ってるのよ!




***




査察初日は、行く先々で「カガネー人形」を見つけて終わった。

ミス・マレットによると、わたしが王妃になったあたりから爆発的に流行りだしたらしい。

短期間で浸透しすぎだろ。


昨日の、小さいころから行きなれた村では、カガネー以外に特にツッコむところはなかった。

むしろカガネーにはツッコみどころしかなかった。

中腰の男の子のお尻の下に、ご丁寧に巻かれたブツが置かれているのもあったのだ。

さすがにそれを飾っているところは数軒だったけれど、あまりにもあんまりだ。



二日目の今日は、海辺の村へ行くことになっている。

昨日の村よりはだいぶ田舎になる。

その村も鼠が大量発生していて、すわ黒死病が出るかとチェックされていたが、猫を派遣しただけで何事もなかった。

有益な情報が欲しいものだ。



「……あの村でもカガネーが流行ってるのかしら」

「ミス・マレットや市のおじさんのお話だと、流行ってますね」

「査察期間は七日間しか取れなかったから、早く何かつかみたいのだけど……、カガネーばかり気になりそうだわ」



領主館からいくつもの山を越え、最後のひとつを越えると、潮風がゆるく吹いてきた。

この村で多くの護衛を連れているのは悪目立ちしそうだから、男性騎士を二人だけ、荒くれ者風の恰好をさせて、「裕福な商家の娘さんとメイドと雇われ護衛」を装う。

残りの騎士たちは、村人に見つからないよう、山の入り口付近で馬の番だ。

騎士の皆さんには、わたしにつくとこんな仕事ばっかりさせて、申し訳ない。



「昔より開けているわね」

「市の規模も小さいですが、品物の種類は昨日の村とさほど変わりませんね」

「それにけっこう賑わってる。この村は観光客が減ったはずだけど」

「はい、観光客と思しき人は少ないようです。観光客の減少はこの村が一番大きかったので、ホテルも貴族向けが一軒、庶民向けが二軒ありますが、どちらも閑古鳥が鳴いているはずです。この賑わいは、純粋に村人のものでしょうね」



今日もまた、素知らぬ顔で市を回る。

日用品もあるが、漁の道具と、あとはやっぱりこの辺りの名産のイワシの店が多い。

酢漬けやオイル漬けのイワシの瓶詰のテントで、どれをお土産に買ってかえろうかと、本来の仕事を忘れて真剣に見入ってしまう。



「お父様には酢漬けがいいわね。弟たちには、昔なら釣りの道具をあげていたけれど、今って釣り、してるのかしら……」



悩んでいると、横についていたルイーズが店主に話しかけていた。



「昨日行った村ではカガネーが大流行りで、あちこちに飾られていたんですけど、こちらの村では飾っていませんね」

「あー、ちょっとな。ありゃあ、トイレの王妃様を祀ってんだろ。王妃様がこのグラナトから出たってのは誇らしい話なんだが……」



ルイーズが何気ないことのように問うと、筋肉隆々の店主が言葉を濁した。


不穏な空気だ。

何かある。


漁師町の人間としては気の弱そうな店主に、隣の奥さんらしき女性がきつい口調でつけ加える。



「トイレの王妃様はね、小さいころはそりゃあ可愛かったもんよ。下々の者にまで優しくしてくれてね。でもね、本当はとんでもない女だったんだよ!」

「おい、やめねえか」

「あんたは黙ってな! トイレの王妃様はね、自分の地位を確かにするために、自分で鼠をばらまいたんだ! 黒死病の元を持った鼠をね! それで自分で黒死病を収めて自分が国民に感謝されるって計算してたんだよ! あんたらもどうせ王都から来たんだろ? トイレの王妃様の成果を拝みに。あんたらも裕福そうだね。いいねえ、お金の心配しなくてよさそうで。あたしら庶民はね、毎日働いて働いて、休みもなくて、その日食うものの心配を毎日してんのさ。そんな生活から抜け出せた王妃様にとっちゃ、あたしら虫けらのような存在なんだろうよ」



一気呵成に言いきった奥さんは、涙ぐんでいる。

いや、泣きたいのは濡れ衣着せられて何かめちゃくちゃ恨まれてるわたしなんですけどね。



「すいやせん、こいつの妹の子どもが二人とも、あの病にやられちまったんでさ。こいつもけっこう可愛がってたんでね」



店主は申し訳なさそうだが、苦笑いしているのは、そういう理由だからしょうがない、とでも言っているかのようだ。


わたしの存在のせいで民を死に追いやったかもしれない。

けれど、わたしは、私利私欲のためにそんなことはしていない。

罵られようと毅然としていなければいけないのに、実際に身内を亡くした人を前に敵意を向けられると、足元から震えそうになる。


それでも。

昨日の村より領主館から遠いこの村では、「トイレの王妃様」を賛美している雰囲気はなく、犯人に近づいている気がする。

王城を出て、グラナトにやってきたのは、きっと無駄ではなかったのだ。


ルイーズが眉を下げながら、奥さんに向かって問いかけた。



「それって、本当の話なんですか?」

「ああ、本当だよ。あたしゃ聞いたんだ」

「どなたからです?」

「王妃様に王都から追放されたっていう、元貴族様だよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ