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34.トイレの王妃様、犯人にされている?



「グラナトにお越しになることはなりません」

「でも、村に行けば何か分かることがあるかもしれないのです」

「だからといって、王妃が直接お越しになることはございません。科学アカデミーから派遣する人員で十分でしょう」

「いいえ、犯人が標的にしているのは間違いなくわたし。わたしがグラナトに行けば、犯人も姿を現すかもしれないわ」

「囮になるということですか。なおさら賛成いたしかねますね」

「犯人の目星もついていないの。犯人自ら出てくるような状況にするしかないのよ。それに、ウィリアム国王陛下もご承知よ」

「……っ!」



黒死病のおかげでグラナトの観光客は減ってしまった。

死者まで出して土地を奪い、観光収入も減らしてしまったのは、わたしの存在のせいだ。

ならば、このわたしの存在は、犯人をおびき出すのに格好の餌になるのではないか。

そう考えたわたしは、グラナトに出向くことにしたのだ。


イザベル・アンヌ様のような王妃なら、こんな馬鹿な真似はしなかっただろう。

だけどわたしは十三歳まであのグラナトの地で育ち、民によくしてもらった思い出がある。

領主館があった村の民の顔も、他の村の民の顔も、わたしは知っている。

わたしを育ててくれたあの人たちを助けられなくて、一国の王妃なんかやってられない。

これがわたしの性分よ。


科学アカデミーの研究員たちは、原因が分かるのならと、わたしのグラナト行きを理解してくれた。

そして今は、枢密院議長のレッドサム伯の了解を得ようと説得している最中。


国王の諮問機関として独立している枢密院は、貴族会議にかけられない政治上の問題や機密を扱う機関だ。

貴族会議以上の力を持っていると言っても過言ではない。

その枢密院の議長が、慎重な性格で伝統を重んじる保守派の重鎮、レッドサム伯だ。

彼は、前国王の指名で議長になると同時に伯爵の身分を与えられ、王の相談相手として長く王城に住まわっている。

ウィルはそろそろ、枢密院の構成員を自分で選んだ者と交代させようとしているけれど、レッドサム伯は引き続き議長として留まってもらう予定だ。


ウィルの権威をちらつかせるわたしに、レッドサム伯はしぶしぶ許可してくれた。



「これだから、国王陛下には伯爵以上の家から相応しい娘を娶っていただきたかったのに。ウィリアム陛下は御目が曇ってらっしゃるのでは……」



そのぼやきはレッドサム伯のものだった。

保守派の彼からも、田舎男爵の血筋で王妃らしくないわたしは、異端の存在なのだ。

「そもそもウィルも立ち居振る舞いは王様然としているけれど、やっていることは結構ラディカルだし、目が曇っているのはレッドサム伯のほうなのでは」

こう言ってやりたい。

でもレッドサム伯を非難するのは、まだ立場が安定していないわたしができることではない。

仮にも前国王のモーレイ八世が枢密院議長に任命した人物だし。


口で言う替わりに、つり目を活かした厳しめの視線を送っておいた。

口元には形ばかりの笑みを浮かべて。

我ながら、すごく悪役っぽい表情になったと思う。




***




グラナトへは汽車で向かった。

万が一にも現役国王が黒死病に罹ってはいけないということで、わたしとルイーズ他メイドと護衛が数人の、少人数での査察となった。


一晩実家でゆっくり寝て、二日目の朝。

ルイーズやミス・マレットたちと朝ご飯を食べていると、窓の外から話し声がした。



「ねえ、知ってた? トイレの王妃様が、わざと瘴気をグラナトにまき散らしたんだって」

「瘴気? どうして?」

「グラナトで、村がひとつ消えたって話があったでしょ」

「ああ、国王様から発表があったわね。黒死病だったって。村ごと閉じ込めなければならない病だったのよね。胸が痛むわ」

「実はぁ、あれ、北東の国で流行った病だったんだって! その病になる瘴気を、トイレの王妃様がとあるルートで手に入れて、ご自分の出身の領地で試したんだってもっぱらの噂よぅ!」

「そんなバカな話! そんなのトイレの王妃様に何の得があるのよ。村人が死んだら、王妃様が恨まれて損じゃない」

「だーかーらぁ、自分がやったとは言わずに村人を病にさせておいてさ、それから自分がその病を治したら、トイレの王妃様のおかげだー! ってみんなに尊敬させたり感謝させたりできるじゃない? トイレの王妃様は、自動水流洗浄トイレもそうやって広めたって噂よぅ」



聞き捨てならない内容だ。

一体どこのどいつだ!


声のするほうをそうっと覗き見てみると、二人の少女が立っていた。

トイレ研究所のほうを向いているから顔が見えないが、小脇に『グラナト観光ガイドブック~トイレの王妃様の生誕地~』を抱えているから、観光客のようだ。


二人とも赤毛を三つ編みにして、プリントのワンピースを着ている。

どこかのメイドが、休みを取って観光に来ているのだろか。



「……確かに、自動水流洗浄トイレが第一王子様から発表されたとき、あのやせ細ってミイラみたいになって死んじゃう病気が流行りかけていたわね」

「でしょー!」

「トイレの王妃様のおかげで死人が出なかったって、私、母さんから教えてもらったわ。トイレの王妃様は慈悲深い方で、病を治されるのはともかく、病を広めるだなんて、とてもそんなことするようには思えないけど……」

「どうせイメージ戦略よ! 聖女のようなお方だってことにしてるけど、本当はずるっこくて品のない女に決まってるわ」

「バカ! そんなこと言ったら不敬罪よ! 王妃様のご生家の前で何てこと言っているの!」

「ごめん、ごめん。でもどうせ肖像画でしか見たことないじゃない。本当はどんなんかわかんないよぅ。国王様が惚れるほど見目麗しいけれど、お頭が残念、とかさぁ!」

「だから不敬よ……!」



悔しいことに、失礼なほうの女の子が言っていることは、半分くらい当たっている。

「トイレの王妃様」なんて呼ばれても、わたしはただの田舎男爵の娘で、運がよかったから王太子だったウィルと結婚できたようなものよ。

でも、尊敬させたり感謝させるためにやってるんじゃない。

そんな理由で民を殺すなんて、出来るわけがない。


ひどい噂。

王都で聞いたのよりだいぶひどくなっている。

この少女たちがこんなふうに話しているくらい、このひどい噂は広まっていて、信じられているのだろうか。

これも、わたしへの悪意を持って流されたものなのだろうか。


もしこの噂をグラナトの民が信じてしまっていたらと思うと、体がすくみそうになった。

けれど、わたしが標的にされた結果、村人を死に追いやったのだから、冷たい視線を集めようと、罵声を浴びせられようと、甘んじて受け入れなければならない。



わたしが止めたせいで二人の少女を見逃してしまうことになったルイーズに苦い顔をされながら、商家の娘さんのような服装に着替える。

「なんとなく隠してるけど、あれ王妃だよな?」という雰囲気を出して、犯人をおびき出すのだ。


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