33.トイレの王妃様、がんばろうとする
血筋なら、わたしよりもっといい相手がいたはずだ。
国内の力ある貴族の娘や、他国の姫を娶ることもできただろう。
あと、気品とか美貌とかも、わたしよりいい人がわんさといるし。
なぜわたしを選んでくれたの。
ウィルは少し考えるように前髪を触って、
「ロジーナがよかったんだ」
と言った。
愛情深く微笑みながら。
わたしと結婚することで何か利益になることがあったのだ、と直感してしまった。
それは、そうか。
ウィルにはウィルで、打算があってわたしを選んだのだろう。
出会ったときはまだ子どもだったのに、王子様も大変だ。
わたしはわたしでウィルを好きになってしまったのだから、しょうがない。
「ウィルに選んでもらえたから、わたし、出来うる限りのことをいたします」
***
グラナトからの報告は、最初の死人が出た村とは違う村で罹患した人が出た、というものだった。
その村は猫の到着が一番遅かった。
症状は、股に腫れものができて、数日してから高熱。
熱が引かなくて悪化すると、皮膚に黒い痣が出てくる。
罹患者は主に貧農で、すでに死者が十人を超えた。
「下水道の整備も済んでいるはずだが」
「今回の病は汚物や汚物の流れこんだ井戸の水で感染するというよりも、患者と同じ空気を吸うだけで感染しているようです。地元の医者と看護師が一人ずつ、計二人が感染しました。元々の感染源は鼠だと思われるのですが、人から人への感染力が非常に強いです」
「ロジーナの予想通りか」
「ですがもう鼠を駆除するだけでは収まらないようですね」
「村を封鎖していますが、問題はどう治療すべきかです」
「医者や看護人が感染してしまうとなると、迂闊に診察できないな」
「村では地元医師による瀉血が行われておりましたが、効果は見られませんでした」
「北東の国がやっていたように村を隔離して、患者が亡くなるのを待つのが安全策でしょう。もちろん北東とは違い、感染していない健康な村民は避難させた後に、ですが」
「すでに感染している者は見殺しか……」
ウィルや科学アカデミーの研究員たちと話し合いながら、考える。
誰がそれを持ちこんだのか。
「怪しい者の目撃情報はあるのか?」
グラナトからの使者にウィルが尋ねる。
「それなのですが、今のグラナトは観光客が多く、村の者でない者も最近は受け入れていたようで、怪しいと言えば怪しい、怪しくないと言えば怪しくない、といった者ばかりなのです」
「村に足を踏み入れた者を全て特定するのは可能か?」
「難しいです。貴族から平民まで、裕福な者はグラナトへ旅行するのがブームになっているので」
北東の国から距離が離れているグラナトでいきなり黒死病が発生したということは、故意に誰かが持ってきたのだ。
「モーム伯やウィングフィールド伯の動向は?」
「監視員によりますと、グラナト=ガラナトには近づいてもいないそうです」
「それらの使用人らもか?」
「はい。むしろグラナトに近づくのを禁じているくらいです」
ウィルが問うたのは、反ロジーナ派の貴族の名前。
反ロジーナ派の誰かが持ちこんだ、というのが考えられる線だが、それでもないとなると、犯人の見当がつかなくなる。
「すでに被害が出てしまっている。少なくともこれ以上広がらないよう、村を隔離するしかないか……」
ウィルの下した決断は、症状が少しでも出ている患者をその村に隔離するように、というものだった。
黒い痣が出ている患者はもう助からない。
股が腫れても、熱を出しても、黒い痣が出なければ、助かる。
その助かるかもしれない者たちも、隔離するのだ。
栄養があったり日持ちしたりする食材を搬入しておくから、運がよければ生き残れる。
ある程度、国民から非難されることは覚悟する。
非情な判断であるのは確かだから。
けれど、犠牲者を増やさないためには必要な措置だった。
***
村を隔離して、半月経った。
わたしはどこのお茶会にもサロンにも出席する気がせず、最低限の公務だけをしている。
黒死病は収まった、のだと思う。
医師と看護師の二人も村に残り、以降、何の連絡もない。
治っていればとっくに何らかの報告があるはずだから、おそらく二人とも亡くなってしまったのだろう。
罹患していた村人も全員。
このままあの村を封鎖する予定だ。
あの土地に黒死病の病原菌を封じこめる。
黒死病を克服する方法が解明できていない今、それが最善策なのだ。
生き残った村人から、先祖から受け継いだ土地を奪うことになる。
何年も何十年も何百年も耕してきた土地に、二度と帰れなくさせるのだ。
黒死病を持ちこんだ者の悪意の的は、わたしだ。
わたしのせいで、土地を奪うことになったのだ。
割り切れない重さが、わたしにのしかかる。
加えて、王城内でもこんな囁きが聞こえてくる。
「王妃陛下は浮かない顔をしてるわ」
「そりゃあ原因が分からないままなんですもの」
「『トイレの王妃様』なのにね」
「『トイレの王妃様』だなんて、身のほど知らずだったんじゃない。もともと偶然だったのよ、自動水流洗浄トイレのご発案も」
「それか国王陛下がご発案なさって、王妃陛下の手柄にしてあげたってとこじゃないの」
「ありえるわ。だって王妃陛下は男爵の娘でしょ。男爵出の娘を娶るために功績を作ってやったのよ」
使用人や貴族らが、ここぞとばかりにわたしを責める。
そしてそれは当たらずも遠からずというか。
わたしも、自分で自分を運が良すぎると思ってるもの。
やっぱりわたしに王妃は無理だったのかもしれない。
ウィルが選んでくれた。
イザベル・アンヌ様が認めてくださった。
慈善事業もがんばった。
けれどそれだけでは、大衆を百パーセント納得させるには足りなかったのだ。
街でも噂されているのだろう。
「トイレとロジーナ」の肖像画を飾っている家が少なくなったと聞く。
飾られなくなるのは望んでいたことだったが、このような噂話が理由でそうなるのは、統治に問題が出そうで不安になる。
ウィルの足手まといになってはいけない。
誰がグラナトに黒死病のキャリアである鼠を持ちこんだのか、犯人を見つけ出さなければならない。
わたしが、見つけ出すのだ。




