32.トイレの王妃様の迷い
宝石を入れる抽斗はダイヤル式の鍵がついている。
ダイヤルの数字を知っているのは、わたしとルイーズ、わたし付きのメイドのアシュリーだけだ。
二人のどちらかが持ち出したのだろうか。
町の職人のところに、手入れに出しているのだろうか。
それなら一言ありそうなものだけど。
「わたしがどこかに置き忘れたっていうほうが可能性あるわ……」
スピネルもペリドットも、最後につけたのは一週間以上前。
やっぱり手入れに出しているというのが一番ありそうだ。
一晩寝て思い出さなかったら、ルイーズに聞いてみよう。
そして一晩寝て、起きて、もう一度抽斗を見て、ないのを確認した。
「スピネルの耳飾りと、ペリドットの首飾り、ですか……」
「抽斗に入っているはずですが……」
ルイーズとアシュリーが困惑した表情で答えた。
こんなときは、メイドが盗んだ、と疑うのがセオリーだ。
アシュリーも自分が疑われていると思っているらしく、青い顔をして震えている。
だけどアシュリーは身元もしっかりしているのだ。
前の勤め先もハートフォード伯爵家のキャロライン様のところだし、彼女の母親はハートフォード伯爵夫人付きのメイドを二十年やっているという。
それにアシュリーが、伯爵夫人の推薦状の通りの正直な性格をしているのは、この半年の働きで分かっている。
何といっても、王妃付きのメイドなんて、メイドの中では最高の地位なのだから、それを自ら棒に振るような真似をするはずがない。
「ロジーナ様、私は誓って持ち出したりなどしておりません……!」
「ええ、アシュリー、あなたではないと思っているわ。だけど、なくなってしまったのよ……」
三人で途方にくれていたら、ルイーズが小さな声で言った。
「私の責任です。私がこちらの管理を任されておりました」
「違うわ。この抽斗はわたしのものだから、わたしの監督が行き届いていなかったの」
「ですが……」
「なくなったのはウィルから貰ったものだったけど、結婚のときにわたし個人の資産になっていたものよ。王室の財産ではないの。だから、わたしが補填すればいいのよ」
***
無くなった宝石が見つからないまま、十日経った。
ウィルもわたしも、できるだけ内密に事態を解決したい。
王城の、王妃の寝室から宝石が盗まれたのだから、犯人がいるとしたら王城内を自由に行き来できる者が怪しい。
戴冠式から間もない今、「城の中にいる人に裏切られました」なんてこと、国内外からの王としての信用を落としてしまう。
それだけでなく王城内がピリピリしているのは、グラナトの農家の子どもの死因についてだ。
最初の使者に、うろ覚えの前世の知識で「もしかしたら鼠が原因かもしれないから、猫を連れていってください」と頼んでおいたのだが、すぐに猫の追加要請が来た。
病の原因が鼠かどうかはまだ分からないが、鼠が大量発生していたのは確かだったようだ。
王妃の庭を散歩しながら、ウィルと話しあう。
「どうして猫が必要だと思ったんだい?」
「いつか聞いたことがあったのです。体が黒くなる病は鼠のせいだから、猫が有効だと」
「そうか……。あの病は、数十年前に北東の国で流行ったものだ」
「北東の国?」
ミス・マレットと読んだテキストに、北東の国について書いたものがあった。
王侯貴族が圧政を敷き、贅沢三昧。
民と結託した軍が革命を起こし、今現在も軍が政権を握っている。
「世界中で貿易が活発になっていますから、商品に紛れて鼠が北東から移ってきたのでしょうか」
「いや、いまだ北東の国は情勢が安定せず、ほとんど鎖国状態だ。交易のある国も会社もない。それに、北東の国から移動しているなら、北東とアイオライトの間にある国々でも病が発生していないとおかしいが、そんな発表はどこの国からもない。また、発生するのも北東と最も離れている海側のグラナトで、というのも考え難い」
病原菌を持った鼠が、自然と移ってくることはない。
ということは。
「誰かが意図的に、グラナトにその鼠を持ちこんだ?」
「そう考えるのが理に適っている」
「わざわざグラナトにということは、わたし、ロジーナに対する嫌がらせということでしょうか」
「よくて嫌がらせ、悪くて革命だろう」
「革命……」
漫画の通りに進行していたら、ここでアイオライト王国は潰えることはない。
ロジーナも王妃のままだ。
けれど今、漫画の通りに進行しているだろうか。
わたしが迂闊に言ってしまった「水洗トイレ欲しい」発言のせいで、ロジーナの立ち位置が漫画とは異なっているように感じる。
漫画の主人公ソフィーが生まれるはずの、マリカ公国に関することも注視しているけれど、ウィルは公国の王にも敬意を払って接しているようだし、公国側も特別こちらに対して卑屈になっていることもないようだ。
わたしも結婚式のときに直にご挨拶を受けたけれど、「自動水流洗浄トイレのおかげで夫婦喧嘩が減りました」とめちゃくちゃ感謝された。
夫婦仲がとても良さそうで、アイオライト王国の庇護を求めるためとはいえ、とても娘を差しだしてくるようには思えない。
漫画通りに進んでいないなら、アイオライト王国がここで亡くなったり、ロジーナ王妃が失脚したりするパターンもあるのだろうか。
わたしが塔に幽閉されるラストを回避するために頑張ってきたことが原因で王国自体が亡くなってしまっては、何のために頑張ったのか本末転倒だ。
「申し訳……ございません」
「何を謝る?」
「ウィルは王としてゆるぎない血と才を持っています。でもわたしは、そうではない。王城の中で隙があるのは、明らかにわたしでしたでしょう。だからわたしの瑕疵になるようなことが仕組まれた」
「うん、そうかもしれないね」
「ウィルは……、ウィルはわたしを妻にして本当に良かったのですか」




