30.トイレのお姫様は王妃になった3
ルイーズが、わたしと離れたくない、と言ってくれた。
だけどそれでルイーズの人生を縛ってしまうのは、わたしとしても本意ではない。
ルイーズが例えモントローゼ領に行ってしまったとしても、わたしたちの間にある友情は本物だ。
離れ離れになるのは、とても辛いけれど。
でもルイーズがイアン様と結ばれて幸せになってくれるのなら、快く送り出せる。
わたしのことを久しぶりに「お嬢様」と呼んでしまったルイーズは、それに気づかないくらい混乱して、しどろもどろになっていた。
「私は、絶対に絶対に、死ぬまで、お嬢様のおそばを離れません……!」
「それなら大丈夫よ」
王妃陛下が目線をやって、使用人たちを下がらせた。
そしてチェリーのタルトを食べながら笑う。
「わたくし達、ウィリアムとロジーナの結婚披露が終わったら、譲位するつもりですの」
全員の時が止まる。
王妃陛下だけが、静かにナッツのタルトを食べている。
譲位?
譲位って言った?
譲位、とは?
「母上、それは」
「可愛いウィリアムが国王になって、ロジーナが王妃としてやっていけるとなったら、わたくし達、アイオライトとウェスティリアを行き来して、ウェスティリアとのより一層の友好を築こうと思います。わたくし達が生きている間は、国境を越えて攻め込まれることはないと約束しましょう。ですから、イアン、ルイーズ、あなた方はモントローゼに常駐することもありませんわ。もちろんちゃんと領政はやっていただきたいけれど、まだモントローゼ公もお元気ですし、当面はイアンもルイーズも、ウィリアムとロジーナについていてあげてほしいのですよ。モンクシュッド伯爵からの打診は、わたくしからウェスティリアの王家を通して無かったことに致します」
全員が、ほ、と息をついた。
のも一瞬、全員が「ええーーー!」と叫んだ。
「さっき譲位って仰いましたよね!?」
「王妃陛下、譲位されるんですか!?」
「え、国王陛下も譲位を!?」
「母上、僕、聞いてませんよ!?」
「ですから今言ったでしょ、わたくしの可愛いウィリアム」
「ちょ、人前でその呼び方やめて!」
「ルイーズはイアンと結婚できるし、貴方も遠からず王になれるのですよ、わたくしの可愛いウィリアム」
「ああー!!!」
いつも落ち着いているウィルが、頭を抱えている。
だってこれ、かなり重要な話だもの。
ルイーズの結婚だって重要よ、だけど国王と王妃の動向は、国を左右するのだ。
「ロジーナが王妃としてやっていける」って、どうなってたら王妃としてやっていけるってことになるのかしら。
漫画のロジーナ王妃はすでに王妃だったし、娘と息子がいたからそれなりの歳だっただろうけど、いつ王妃になったかなんて作中で描かれてなかった。
意地悪姑っぷりは堂に入っていたけれど、それは御免蒙りたいし……。
まだ国王陛下も王妃陛下も若い。
わたしはまだイザベル・アンヌ王妃陛下とお話していたい。
そんなに早く、どこかへ行ってほしくない。
「理由を、お聞かせいただけますか、母上」
ウィルに問われて、王妃陛下が可憐に微笑んだ。
「身勝手かと思われるかもしれませんが、これは国王陛下とわたくしとで出した、ウィリアムとロジーナ、二人への応援です。二人がわたくし達より王と王妃に相応しいと、国内外で伝えます。そうすればウィリアム、貴方がやりたいことも、より円滑に進むことでしょう」
「母上……」
「わたくし達は王位に執着はありませんでしたの。それにウィリアムのほうが王に向いているのは事実ですし。あと国王陛下も、食べ歩きをされたいと」
「え?」
「王でいたら、ずっと王城にいなければならないでしょう? いろんな街で食べ歩きするのがわたくし達の老後の夢だったのよねえ」
***
食べ歩きのために王を辞すのか……。
そしてそれきっかけでウィルは王になるのか……。
そんなことを考えたのは、朝早く、結婚式のドレスを着せられながらだった。
春がきて、ウィルは十九歳、わたしは十八歳になっていた。
「お綺麗です、ロジーナ殿下」
「白一色のドレスですが、すごく華やかですね」
「ドレスの白に、エメラルドのジュエリーが映えますわね」
「王妃様になるために生まれてこられたかのような威厳がもうおありです」
「ああ、ロジーナ、こんなに綺麗になって」
「お姉さま、本当にお綺麗に……」
ルイーズを始め、着付けをしてくれているメイド達に褒めちぎられる。
その後ろで、お母様と妹が涙ながらに感動してくれていた。
ウェディングドレスはどうしても白がよかった。
前世で着損ねた気がするから。リベンジ。
合わせる宝石は、もちろん王妃の宝石といわれるエメラルドだ。
色合いはシンプルだけど、ドレスの生地もエメラルドの輝きも、これから王妃になる人間に相応しいものになっている。
そう、王妃になる。
今日の結婚式のあと、続けて戴冠式があるのだ。
「こんな日が来るなんて……」
お母様が呟いている感激の言葉を、わたしこそ言いたい。
とうとう来たのだ、王妃になる日が。
嫁イビリ婆ルートに向かうかもしれない日が。
「でも、ロジーナはどうして目がいきなりつり上がってきたのかしら」
「お姉さま、昔はもっと垂れ目じゃありませんでした?」
「そうよね、どっちかというと垂れ目だったわよね」
「王都に出てこられてから苦労なさったのでしょうか」
「色々あったものねえ」
お母様と妹のひそひそ話に、ぐ、と喉がつまった。
わたしの顔は、漫画で見た「ロジーナ王妃」にそっくりになっているのだ。
いつから目がつり上がり出したのか、毎日鏡を見ていたはずのわたしはまったく気づかなかった。
グラナトにいたときは、確かに垂れ目気味だった。
それが、いつのまにか「悪役王妃」にぴったりの目つきになっている。
王都に来て六年弱、ルイーズも何も言わなかったし、ウィルも王妃陛下も「ロジーナ、顔変わりましたね」とか仰らなかった。
たまにしか会えないデュランブ家の家族は気づいてくれたのだけど。
成長期だとはいえ、目の角度ってそんな変わるものなのかしら……。
とはいえ、この顔のように悪役をやるつもりはない。
いつか来るお嫁さんを大事にして、まっとうな人生を生きてやるわ。




