29.トイレのお姫様は王妃になった2
結果的に、お茶会でルイーズは婚約が決まった。
お相手はもちろんイアン様だ。
ルイーズの恥じらう顔を見てやろうとしていただけだったのに、わたしが予想していた以上に事が進んでしまったのは、けっこう色んな事情からだった。
***
エメラルドの緑をアクセントに装飾したテーブルに、白地に薄い藍色のティーセットはわたしの名前ロジーナから連想する薔薇の柄。
ルイーズは、王妃陛下とわたしの二人をイメージしたセッティングをしてくれた。
夏の残りのイチゴやブルーベリーのタルト、チェリーのタルト、ナッツのタルト、チーズのタルト。
グラナトから取り寄せたオレンジのタルト、ウェスティリア帝国のリンゴのタルト。
しょっぱいのが欲しくなったときには、ズッキーニと牛肉のタルトや、白身魚のタルトなど。
テーブルの上はタルト尽くしで、わたし、王妃陛下、ウィル、ルイーズ、キャロライン様、イアン様の参加者六人に対してかなり豪華。
それにカスタードも、超甘いのから甘くないのまで、何種類も用意してある。
「どうか王妃陛下のお腹を満足させられますように……!」と祈っていたら、王妃陛下があるタルトをご覧になって問われた。
「このチョコレートの、もしかしてザッハトルテかしら?」
「まあ!」
続いて嬉しそうな声をあげたのは、ハートフォード伯爵家の長女キャロライン様だ。
長女という点ではわたしと、そして伯爵家という点でルイーズと話が合う、よい友人だ。
わたしより一つ年下のはずだけど、大人びていて都会的で、濃い紫のドレスが嫌味なく似合っている。
「ザッハトルテって、シュピーレン国のお菓子ですよね。シュピーレンから菓子職人を招聘されたんですの?」
「いえ、王妃陛下への面会人の中にシュピーレンから来ていた商人がいまして、その商人から聞いて作らせたのです」
正確には、前世にもあったザッハトルテの大体こんなだったなーという記憶も足して、作ってもらった。
「シュピーレンの本物とは違うと思いますが、雰囲気だけでも」
みんなできゃあきゃあとザッハトルテを食べる。
「今年もまたシーズンが始まるわねえ」とか、「これから何色が流行るのかしら、淡いピンクがいいなあ」とか、「街にできた百貨店の便器の展示が美しかったわ」とか。
女子トークのなかに自然にとけこんでいるウィルは、きっとわたしにプレゼントしてくれるだろう布地の流行りを情報収集しているに違いない。
ルイーズが百貨店の中をもう全部覚えているというので、「誰と行ったのよー」「イアン様と百貨店デートしたのね?」と、一通り茶化す。
百貨店デート、わたしもウィルとしたいな。
正式に結婚してからだとあまり自由に街をうろつけなくなるから、この冬のあいだに行ってこよう。
「失礼、遅れました」
ルイーズが「ロジーナ殿下だって、ウィリアム殿下と毎日一緒に裏の森や庭を散歩してるじゃないですかぁ」と矛先をわたしに向けてきたところで、騎士団の稽古帰りのイアン様が来られた。
ナイスタイミング。
遅れてやってきたイアン様は、わたしとウィリアム殿下、王妃陛下、そしてルイーズがそろっているのを見て、頭を下げた。
「ルイーズ・マクギル嬢との仲を認めて頂きたく」
突然の申し出。
王妃陛下へそう申し出るのは、結婚の申し出に他ならない。
王妃陛下でさえ、あっけにとられて咀嚼が止まっている。
「どうしたのです、急にそんなこと!」
ルイーズは何も知らなかったようで、声をあらげてイアン様を止めようとする。
キャロライン様が、「私はここにいてもいいものかしら」と戸惑っているけれど、彼女のことは、イアン様の目には入っていないらしかった。
イアン様は王妃陛下にひざまずいて言う。
「王妃陛下はすでにご存知かと存じますが、昨夜、我が父カーライルのもとに、ウェスティリア帝国のモンクシュッド伯爵より手紙が届きました。モンクシュッド伯爵の次女を、このイアン・カーライルに嫁がせたい、と」
ルイーズが息を飲んだ。
アイオライト王国とウェスティリア帝国の国境を挟んで、アイオライト側はカーライル卿が治めるモントローゼ公爵領、ウェスティリア側がモンクシュッド伯爵領だ。
どちらの領もそれぞれの国を守ろうと、私兵を雇い、武力に優れている。
おそらくモンクシュッド伯爵は、友好と牽制の両方の意味を込めて、自分の娘とイアン様を結婚させようとしているのだろう。
正しい戦略ではある。
アイオライト王国国王モーレイ八世が、ウェスティリア帝国の王女を娶ったように。
隣り合う国、隣り合う領というのは、侵略の可能性を考えて、無条件に仲良くはできない。
イアン様のお父様のカーライル卿にしても、悪い話ではない。
しばらくは攻めてこないだろうという、ひとまずの安心は得られるのだから。
「私は現在、王室騎士団に所属している身。アイオライト王国に忠誠を誓っているのは申し上げるまでもございません。モンクシュッド伯爵と縁を結べと仰るならば、それに逆らうことなどありえません。ですが……」
イアン様の目が、ルイーズをちらと見る。
「私は、ルイーズ嬢を愛しているのです。叶うことなら、彼女と結婚し、家庭を築きたいと考えております」
「それをわたくしに仰って、どうしてほしいのかしら」
イアン様の熱烈告白を、王妃陛下の至極冷静な返答がかき消した。
「わたくしに仰るより、国王陛下に仰るのがよろしいのではなくて?」
「それは……っ、この場でこのようなことを申し上げたのは、ルイーズ嬢が使えるロジーナ殿下と、その夫君となるウィリアム殿下、そしてウェスティリア帝国から来られた王妃陛下が一堂に会していらっしゃるのを見て、思わず……」
いよいよキャロライン様が居心地悪そうにしている。
「まあ、イアンもまだお若いからねえ。それで、ルイーズはどうなの? イアンと結婚したい?」
もう普通の顔をしてリンゴのタルトを食べている王妃陛下は、食べる速度が上がっている。
聞かれたルイーズは、顔色が赤くなったり青くなったりしながら、
「私は、イアン様が好きですし、その、大変嬉しく、でも、あの」
「どうかして?」
「もしイアン様と結婚できたら、私はいずれ、イアン様と共にモントローゼ領に行くことになるかと存じます。しかしそれでは、お嬢様のおそばにいられません。それは嫌なのです。私はお嬢様に一生を捧げると決めておりました。お嬢様と離れることは、考えられないのです」




