27.「トイレのお姫様」がいじめられた結果
今回、わたしは軽率な行動をとったわけではない。
王都に滞在している貴族の令嬢として、当たり前の生活をしていただけだ。
わたしの与り知らない間に三人の男爵夫人が横領して、王城の調査官に逮捕された。
わたしはただ偶然その場にいて、男爵夫人の一人から耳の横をちょっと傷つけられただけだ。
なのに。
なぜ。
王都では、
「トイレのお姫様が民への炊き出し費用を横領していた腐敗貴族を突き止め、自らその貴族夫人を諭そうとしたところ、逆上した夫人に切りつけられて負傷した」
という話になっている。
噂に尾ひれがつくどころか、本体が違う。
わたしはお茶会に呼ばれて行っただけなんだ!
わたしはそんな立派な人間じゃない!
だけど噂を否定して回ることもできない。
せめて家の中でだけでも本当のことを言っておこう、と使用人を集めて状況を説明したけれど、噂のほうを信じているふうに見えた。
使用人たちには普段からわたしと同じメニュー、つまり王城からお裾分けされるいい肉とか魚とか野菜とか、を使った食事をさせているから、わたしを、ちょっと変わっている聖人のような主人だと思っている。
単にグラナトにいたときからの習慣で、同じ屋根の下にいるものは家族、家族はみんな同じものを食べよう、という感覚を引きずっているだけなのだが、使用人にそんな待遇をするのはほとんどないことなのだ。
自分たちはやわらかい白パンと牛や鶏やうさぎの肉の皿を数種類、使用人には固いパンに乾燥しきったソーセージだけ、というのも珍しくない。
ルイーズの家でさえ、使用人は家族、領民も家族という意識はあったそうだけど、主人と使用人とは食べるものを違えていたという。
わたしも、主人と使用人がまったく同じ身分だとは思っていない。
それは分別というものだ。
それが分別だとされる社会に生きているのだ。
だから、まるでわたしが聖人かのように噂されるのは、間違っている。
過大評価されると、もぞもぞする。
虚像に期待されすぎると、実物を見たときにがっかりされるじゃん!
どうにか真相を流布したいとこだけど、王都では「トイレのお姫様は慈悲深い神話」が頑固にこびりついている。
しばらくは、仲良くなった人にだけ訂正しつつ、出来得る限り目立つようなことはしないでおこう……。
ちなみにウィリアム殿下は、事件があったその日の夜に、デュランブ家のタウンハウスまで来てくださった。
たびたびお忍びで来られているから慣れたもので、でもさすがに流血沙汰の後だったから、やっぱりとても心配させてしまっていた。
貴族による横領、しかも王都での事件ということで、国王陛下が直接指揮していたらしく、ウィリアム殿下には全然関係ないのにすごく謝られて、逆にこちらが申し訳ないくらいだった。
だって責めるなら三人の男爵夫人か、夫人が暴走するのを許していた夫の男爵たちだもの。
***
「わ、わたしが、炊き出しの運営ですか……!?」
寒くなってからの王妃陛下のお茶会は、お庭が見えるホールで行われている。
あの、肥えた国王一家の肖像画のかかったドアの手前を左に入った部屋だ。
お茶会の前にはとにかくあの肖像画を目にしなければならぬ、という国王陛下の熱い思いが伝わってくる。
三人の男爵夫人がそれぞれ離縁され、実家からも勘当された、という話を王妃陛下から聞きながら、ナッツのチョコレートを食べていたら。
王妃陛下がこともなげに仰った。
あの三人がやっていた炊き出しを、引き継がないかと。
「運営ってほどではありませんわよ。だってあの方たちが出来ていたんですもの、貴女なら簡単にできるわ」
「いや、え、わたし、子どもですし」
「そのような言い訳が通じるとでも?」
「それは……」
「貴女だってそろそろ、普通の貴族がやっている民への奉仕の仕方を覚えてもいい頃じゃないかしら」
わたしはといえば、水洗トイレが欲しいと言っただけで流行り病からの救世主扱いされ、その後も巻き込まれただけなのに色々なことが「トイレのお姫様のおかげ」ということになってしまっている。
実物はただの貧乏田舎娘なのに、だ。
王妃陛下の仰ることは正論で、数あるうちの一救貧院への刺繍の依頼などだけでは足りないのだろう。
わたしは、「わたしがやったこと」と言える業績をもっと作らなければならない。
でないと、空虚な偶像だわ。
「承知しました。謹んでお引き受けいたします」
どこまでできるか分からない。
しかし横領犯のようなことは決してすまい。
救貧院への仕事の発注を続けて、それと就職支援もすることになっているけれど、炊き出しにも積極的に参加しよう。
干し葡萄たっぷりのドライフルーツのケーキを噛みしめて、宣言した直後。
「家令や執事に命じておけばうまくやってくれますから、よく見ておきなさいな」
「え、では、わたしがやることは」
「使用人がちゃんとしているか見ているだけでよろしいと思いますよ」
デュランブ家タウンハウスに家令はいなくて、ルイーズの父君の紹介で来た執事のゴドフリーに仕切ってもらっている。
まだ若くて三十過ぎだけど、彼なら何でもうまくやってくれそうだ。
……わたしの存在意義、いよいよないな。
「ロジーナ嬢、貴女は、素直すぎます」
王妃陛下が嗜めるように言う。
「自分についてくる噂を利用なさい。他人を使いなさい。悩むこともあるでしょうが、もっとしたたかに立ち振る舞いなさい。貴女は、王妃になるのです」
ウィリアム殿下の妃になると決めてから、わたしがやってきた努力は、自分でちゃんと分かっている。
それでも自分がしてきたこと以上の評価を得てしまう。
わたしはそれを利用できるだろうか?
自分の実力に見合っていない評判を、自分のものとして?
流されるまま、ここまで来てしまった。
まだ夢を見ているような気もする。
できればグラナトで、姑のいない男性と結婚をして、貴族とは思えないくらい農作業とか縫物なんかの仕事をして、ご近所さんと助け合って、普通の生活がしたかった。
でももう、わたしは今のこの流れから逃れることはできない。
わたしは王妃になる。
お腹の底が、冷たくなった。




