26.トイレのお姫様、いじめられる?3
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「その耳飾りも外してもらおうかしら。そんなものしていたら家事に集中できないわよね?」
ティナム男爵夫人とバーグズ男爵夫人の後ろから、ヒーズロウボード男爵夫人が出てきて、わたしの耳から乱暴にサファイアの耳飾りを奪う。
殿下から頂いた宝石を取られては、さすがにまずい。
わたしもまずいけど、取った方も、事が露見してしまったら普通より割増しで罰を受けるのでは。
「返してください!」
「あなたがちゃんと床を掃除するまで預かっていてあげるわよ」
「ほら、ゾーイ、バケツに水を入れて持ってきて。ロジーナに使わせるから」
呼ばれたメイドは、しかし動かずに壁際に立ったままだ。
「ちょっとゾーイ! 聞こえないの!?」
いらだったティナム男爵夫人が、メイドに近づき、手を振りあげた。
叩かれる、と思ったその時。
「そこまでです、奥様」
ティナム男爵夫人の手首を掴んだゾーイは、職業的に逆らってはいけない相手に対して、有り得ない態度を取った。
命令を拒否して、夫人の腕をひねりあげたのだ。
三人の意地悪おばさんと、床に手をついたわたし。
全員が困惑して、ゾーイを見ている。
「旦那様、どうぞ入ってきてください」
ゾーイが大声を上げると、扉が開いて、三人の男性が入ってきた。
「あ、あなた!」
「残念だ、カイリー。君が田舎が嫌だと言うから、王都で暮らさせていたが……」
「違います、違います、あなた! 旦那様!」
どうやらティナム男爵夫人の夫らしい。
あとの二人の男性も、それぞれ夫人のところで揉めている。
どうしてメイドのかけ声で入ってきたのか、どうして三人揃っているのか。
何が起こっているのか分からないわたしはともかく、どうしてか夫君たちは状況を理解しているようだ。
「ロジーナ様、血が……!」
ゾーイと呼ばれたメイドが、白いハンカチを持った手を差し伸べてきた。
思わず凝視してしまう。
どう見てもメイドだ。
何の変哲もないメイドだ。
さっき淹れてくれたお茶も美味しかった。
「申し訳ございません、お耳の横を切ってしまわれたのですね。私がもっと早く止めていれば……」
たらりと顎に液体が垂れる感触がして、頬をハンカチで押さえられた。
「あなたは悪くないわ。一番悪いのはご夫人方だけど、されるがままになっていたわたしも悪いのよ」
「そんな……! ロジーナ様にお怪我をさせてしまったのは、止めるのが遅れた私のせいでございます」
「いいえ、本来わたしが一人で何とかしなければならないところだった。大丈夫、立てます」
ゾーイの手を借りて立ち上がる。
夫人たちは夫との言い争いに必死で、わたしのほうを見向きもしない。
わたし、帰ってもいいのかしら。
ゾーイの手が離れ、いつの間に入ってきたのか、王室騎士団の格好をした人に肩を支えられた。
え、騎士団が出てくるようなことなの?
ゾーイが先ほどとは違う、怒りを含んだ声で告げる。
「ティナム男爵夫人、バーグズ男爵夫人、ヒーズロウボード男爵夫人、王城にご同行願います」
「メイド風情が何を言ってるの!?」
「あんた達、この女をつかまえなさい!」
閉じられなかった扉からこちらを覗いているのは、他のメイドや料理人のようだ。
怖いもの見たさの興味津津顔をしている。
バーグズ男爵夫人が彼らに指示したけれど、誰も動かない。
「どうなってるのよ!」
「あんたが何かしたの!?」
ご夫人方の目が一斉にわたしのほうを向く。
わたしとしても、何が何やら。
「ロジーナ様はご関係ありませんよ。これは王家のご意向です」
「男爵家同士の争いに王家が出てくるのはおかしいではありませんか! 大体グラナトよりティナムのほうが、格が上です!」
わめきたてるティナム男爵夫人に、ゾーイが笑う。
「ご存知ありませんでしたか。グラナト男爵家はロジーナ様のご功績で、男爵家の中で一番格が上になりました。先の貴族会議で決まったのですが、奥様、旦那様に教えていただけなかったのですね。お可哀相に」
「私は教えたはずだったがね」
「そんな! 私は聞いておりません!」
「いくら泣いたところで、やったことは変わりませんよ。ロジーナ様にお怪我を負わせた他にも、貴女方三人には、横領の疑いもかかっていますからね」
ゾーイの冷たい声に、ひ、とご夫人方が息をのんだ。
横領……してたんだ……。
驚きはない。
王都での滞在費、服飾費、娯楽費、屋敷の維持費等々を考えると、相当なお金がかかっているはずだ。
王城での勉強で、財力のある貴族の名前を教えてもらったときには、ティナムの名はなかったから、表に出ないところで何かしら収入を得ていたのだろう。
それが、王室騎士団が出てくるくらいの横領だとは。
金切り声のご夫人方が、騎士団にエスコートされて出ていく。
残された三人の夫君たちから、土下座せんばかりに頭を下げられたわたしは、治療費を請求していいものか悩みながら、帰宅の途に着いた。
***
予定より遅くなった帰宅。
ルイーズのお茶を飲みながら、溜め息をつく。
結局、わたしは何もしていないまま、事件は終わった。
これでよかったのだろうか。
何の役にも立っていない。
帰りの馬車で教えてもらった三人の男爵夫人の逮捕理由は、王都の貧民への炊き出しの費用の横領の疑惑がかかっていたからだった。
炊き出しの費用は福祉協会が出すけれど、炊き出しの日にちや内容を決めたり人員を手配するのは無償で協力していたはずの、あの三人の男爵夫人で、尻尾をつかむために王城が調査官に内偵させていたのだ。
つまりゾーイはメイドではなく調査官。
福祉協会の職員に潜りこませなかったのは、男爵夫人たちの、福祉協会や救貧院や孤児院への外面が完璧だったから。
炊き出しの計画書と材料費が合わないというような傍証は積めても、知らなかったと言い張られれば追求は難しい。
細かい打ち合わせをするであろう屋敷内で偵察して確たる証拠をつかまなければ、とのことだったらしい。
言い逃れできない証拠が集まり、それぞれの夫とも手筈を整え、さあ逮捕だ、という日にわたしがメインゲストのお茶会が決まってしまったという。
役に立ってないどころか、むしろ邪魔してる……。
しかもご夫人方は三人とも離縁されて修道院行きになる予定だったとかで、今日行かなければもう二度と会わない人たちだった。
何で行っちゃったんだわたし。
かといって、あのお茶会への参加を決めたルイーズを責めるわけにもいかない。
ルイーズにだって寝耳に水の事件で、めちゃくちゃ謝られた。
それに厖大な量の招待状から参加すべきお茶会やサロンを選んで予定を組んでくれるルイーズには、感謝しかない。
どうにもこうにも、運が悪かったと思うしかない。
「すみません、お嬢様。私の調査不足でした」
「いいえ、わたしこそルイーズの仇を取るって言ったのに、何もできなかった」
「それはもう、済んだことですし、本当は私なんかのことでお嬢様を煩わせるわけにはいきませんでしたもの」
「あ、でも、ルイーズの気持ちがわかったのはよかったかもしれない。ティナム男爵夫人、すごかったわ」
ああも直接的に害意を向けられたのも、よい経験になったと思う。
今後に活かそう。
王城内でも領から出てきた貴族が増えて、かなりの頻度で王妃陛下とお茶会をしているわたしに、うろんな者を見るかのような目で睨んでくる人もいる。
たぶん、これから大貴族会議が始まると、もっとそういうことが増えるだろう。
いちいち誰かに助けてもらっていたら、頼りなく見えてしまう。
イザベル・アンヌ陛下なら、どんな意地悪をされてもにこやかに受け流し、水面下で適切な対処するはずだ。
わたしもそんな、強い王妃にならなければ。
ウィリアム殿下の目が曇っていたと思われないように、誰からも認められる王妃にならなければ。




