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25.トイレのお姫様、いじめられる?2



頼もしいルイーズが、今日の予定を伝えてくれる。

昼食後にお茶会、帰宅後に宿題に出されている『アイオライト王国の歴史』の三巻目を少しだけでも読む。

夕食は屋敷で、その後お風呂に入って就寝。

最近ではよくある一日だ。


……日曜には乗馬でもしなきゃ、太るな、これ。

前世とは違ってエネルギー消費の大きい生活だし、育ち盛りの体だけど、王妃陛下のお庭の手前の肖像画を思いだして、自戒する。



「今日のドレスにお似合いなのは、こちらですかね」



ルイーズが抽斗からサファイアの耳飾りを取りだした。

これもウィリアム殿下が贈ってくださったもので、小ぶりのものだ。



「本当はもっと見せつけたいですが、ティナム男爵夫人ですからね。とにかく上品に仕上げませんと」

「あの、ルイーズ、ティナム男爵夫人って」

「ティナム男爵ヒュー・スウィント卿のご夫人カイリー・スウィント様は……本日のお茶会の主催なのですが……」



ルイーズが溜め息をついた。

珍しい。



「夫君とお子様方は領に帰してご自分だけずっと王都にいる、派手好きなお方です。性格はきつく、色恋沙汰を見るのも聞くのも参加するのも大変好んでいらっしゃいます」

「ずいぶんと、その、アグレッシブなのね?」

「できればお断りしたいところだったのですが、春から再三に渡り送られてくる招待状から、今日の一度だけでも出席しておけば義理もなくなり、以降は出なくても済むと判断いたしました。いつか王妃様になられるお嬢様とは出来るだけ関わらせたくない人種なのですが、夫人は年中王都でお茶会だのサロンだの観劇だのと、貴族のご婦人やご令嬢方を誘っては遊んでいます。嫌々お付きあいされる方も多いのですが、その方たちとの話題にできるかもしれませんし、ティナム男爵夫人のような人種もご覧になっておいたほうがよいと思います」

「人種……」

「お嬢様とは相容れない、下劣な貴族という人種です」



今日のルイーズは見たことがないくらい攻撃的だ。

よっぽどティナム男爵夫人を嫌っているのね。

グラナトに来る前に何があったのか聞いてみたいけれど、ルイーズの口振りから、教えてくれそうにないだろうなと思う。



「今日はルイーズは一緒ではないの?」

「私は夫人に嫌われているようなので。私がお嬢様の侍女というのはご存知のようですが、招待状にはお嬢様だけをお呼びしたいと、このようにふんわりと書いてらっしゃったので、申し訳ないのですが本日はお嬢様お一人で……」



ルイーズが広げた招待状には、確かに書いてあった。


『自動水流洗浄トイレをお作りになり、石炭を発見なさったロジーナ嬢と、ぜひともお話をしたいのです。トイレのお話をお聞きしたいですし、ご立派な貴女をこそ私のお友達にも紹介したいのです。どうかどうか、お越しになってくださいませ。同じ男爵という家の者同士、私達はきっと分かりあえることと存じます』



「ティナム男爵夫人って、おいくつなの?」

「今年三十九になったはずですが」



面識のない相手に送る文章としてはおかしくないけれど、何ていうか媚び媚びね。

思わず眉間に力が入った。


前世にもいたなあ、こういうおばちゃん。

親切面して近づいてきて、あることないことおもしろおかしく噂にして流してくれるやつ。

わたしが同僚との結婚式の招待客で悩んでたときにも、同僚との結婚生活が不安で悩んでるとか言いふらしやがって。

そりゃ不安がないわけではなかったけど、結婚式の準備も大変だったけど、義母になる人がイヤミな婆だったけど、好きな人と結婚するってイベントが嬉しくないわけないでしょーが!

違う家庭で育った二人が新しい生活をするのにいろいろなすり合わせがあるっていうのも理解してた。

そういうのも話し合っていこうねってちゃんと言ってたんだよ!

なのにあのおばちゃん、いや、おばちゃんっていうか五つ上の先輩だったけれども、自分が夫とうまくいってないからってこっちの話を盛りに盛って言いふらしやがって!

そもそもわたしお前に相談なんてしたことないじゃないか!

仲良しの子との会話を盗み聞きして、親切そうな顔で「たいへんねえ」なんて話に入ってきて、自分の結婚のときの苦労話を聞かせてきた挙句にそれをさもわたしの話かのように周りに吹聴しやがって!


あー、腹が立ってきた。



「いいわ、ルイーズ。わたし、やってくるわ!」

「な、何をです」

「このロジーナ・デュランブ、伊達に王妃陛下のお茶会に招待されてないわ! 必ずぎゃふんと言わせてやるわね!」

「お嬢様はまだ何もされてませんよ!」

「ルイーズの仇よ!」

「お嬢様にそこまでしていただくことでもありませんからぁ!」




***




ティナム男爵のお屋敷は、王都の端っこにあった。

立地はともかく、デュランブ家のタウンハウスより広い土地に、豪華な装飾の施された外観で、庭こそないが、とてもお金がかかっているお宅だというのは分かる。


馬車のなかで冷静になったわたしは、「やっかいそうな男爵夫人」の相手を過不足なくこなさなければならないと思い直した。

デュランブ家が娘のロジーナのおかげで王家からの覚えめでたく王都に屋敷を下賜されて、ロジーナが王都に滞在しているのは有名になってしまっている。

表向きは科学アカデミーに出入りするためとなっているのだけど、この言い訳ってどれくらい信憑性があるものかしら。

とにかく王家の顔を汚さないためにも、粗相はできない。

王家の認めた娘として振る舞わなければ。



「ようこそおいでくださいました、ロジーナ様! 今日は男爵の爵位を持つ家のご夫人方をお招きしたのです。どうぞおくつろぎになってくださいまし」

「お会いしとうございましたわ!」

「私もファンですのよ!」



かしましいご夫人方に囲まれて、高級なお茶と上質な粉と砂糖で焼いたお菓子を頂く。

夫人たちがいなければ、最高なんだけどな。



「ロジーナ様の今日の装いは冬なのに水色が多くて、ずいぶん涼しげですのね」

訳:季節感のない寂しい装いですね。


「ロジーナ様がご発案なさった自動水流洗浄トイレのおかげで、使用人の手間が省け、より多く仕事を回せるようになりましたの。トイレのことなど使用人に任せておけばよろしかったのに、ロジーナ様はとてもよく気がつかれるのですね」

訳:使用人と同じ目線で生活するくらい貧乏だったんですね。


「ロジーナ様は王城の科学アカデミーに通っておられるとか。女性ですのにそのようなことにご熱心で、ご両親は心配なさってませんこと」

訳……すまでもなく、お前結婚とかどうするつもりなの、ってところだ。



子ども相手にマウント取ってどうするんだろう、この人たち。

わたしは子どもらしく笑って返す。



「ティナム男爵夫人もご存知のように、この冬は水色が流行のお色ですから。このドレスも、恐れ多くも殿下から頂いた布で作らせました」

「そ、そうでしたの!」

「ご存知の通り、わたしの実家はこの王都と比べ物

にならないほど田舎で貧乏でしたから、皆いろんな家事をしておりました。自動水流洗浄トイレのことは、『流行り病を治せるのなら』と殿下にお話させていただきましたら、殿下が実現してくださったのです。誠に有り難いことでしたわ」

「や、病で亡くなる人が減って良かったですわ!」

「わたしはまだ子どもですから、両親ものびのびさせてくださってます」



ほどよく真実と嘘を混ぜて、できるだけ妬まれそうなことを言うのは避ける。



「まあまあ、ロジーナ様はこの前までお名前も出てこなかった領のご出身ですから、殿下もお気をつかわれるのでしょう。あの王城に近いお屋敷も、殿下から頂いたのでしょう?」

「殿下が、科学アカデミーに招かれた私にお恵みくださったのです。恥ずかしながら我が家は王都に屋敷がありませんでしたから。感謝してもしきれず、本当にもったいないことでございますわ」



つり上がった目のご夫人方は、わたしよりよっぽど悪役っぽい。

ていうかロジーナ王妃も、こんな奴らに揉まれてればそりゃ、嫁イビリ婆になってもしょうがないのかしら……。


三人のご夫人が目配せしている。

わたしに興味をなくしてくれていたらいいんだけどなあ。



「ロジーナ様、ここだけのお話なのですが」



ティナム男爵夫人が声を低くした。



「うちの息子と結婚なさいません?」

「は?」

「うちの長男のカイルなのですが、まだ婚約相手がおりませんの。ちょうどロジーナ様もまだでしたら、ぴったりではございません?」

「え、いや」



わたしが王子の婚約者に内定してるってこの人知らないの!?

春から王城にいる人のあいだでは公然たる事実になっていると思ったのだけれど。



「多少年齢が離れていても構いませんわよね。年上は包容力もあって、安定した結婚生活が送れますわ。私どものティナム領もあまり裕福ではありませんが、ロジーナ様でしたら大丈夫ですわよね。グラナト領よりも王都に近いですし、あんな田舎よりはだいぶマシですよ。ええ、ええ、決まりですわ。こちらのほうが家の格は上ですから、持参金も相場より多めでお願いしますわね」



驚いたけど、こんな突飛な申し出をしてくるのは、夫人に王城内でのことを教えてくれる人がいないからだ。

ティナム男爵夫人は年中王都にいるにも関わらず、情報を得るための社交で何も得ていないのだ。

なるほどルイーズの教えてくれた通り、単なるゴシップ好きのおばさんだ。



「せっかくですけれどティナム男爵夫人、わたしはまだ結婚は」

「そんなこと言ってたらすぐに行き遅れてしまいますわよ」

「いいえ、ですからわたしは」

「ロジーナ様、こんな良い話ありませんわよ」

「そうですわ、せっかく王都に出てきたのですから、田舎に戻らなくても良いようにとティナム男爵夫人が仰ってくださっているのですから」

「いえ、父に確かめずお返事をしてしまうわけにもいきませんし、それにまだわたしは」

「そんなのこちらで話を通させていただきますわ。夫が申しておりましたもの、デュランブ男爵は頼めばうんとは言わない性格だと」

「わたしはまだ子どもです、結婚など考えられません!」



思わず叫んでしまった。

三人のおばさんが唖然として、わたしを睨んでくる。



「何だというの。この私が迎え入れてあげると言ってるのに」

「ティナム男爵夫人のご好意を無下にするなんて信じられませんわ」

「少しばかり王子殿下が気をつかってくださっているからと調子に乗っているのではなくて」



やっぱりこのおばさんらのほうが悪役じゃん!



「まだ子供のあなたには難しいかもしれませんけれどね、トイレのお姫様だなんて民衆から人気があっても、上流社会ではあまり賢しい女は好まれませんよ」

「そうよ!」

「ましてトイレのお姫様だなんて変に名前が有名になったところで、嫁入りには不都合でしょう。だからこのティナム家で貰ってあげると言っているのに」

「そうよ!」



学芸会のお芝居かな、っていうくらいのセリフをどんどん言ってくれる。

いやー、馬鹿なのかな?


ていうかこの家、結婚相手としても地雷臭ハンパないわ。

絶対嫁イビリされるに決まってる。

ティナム男爵家のご長男、おいくつなのかしら。

この母親のせいで嫁の来手がないんだわ。

かわいそう。



「お分かりにならなくても結構よ。お嫁に来てから私がみっちり仕込んであげますからね。ティナム家からデュランブ家へ、正式に婚約の申し込みをさせていただきます。躾け直す手間賃に、持参金ははずんでいただかなきゃね」



ティナム男爵夫人のつり上がった目が、にやっと下がる。

金目当て見え見えじゃないの。


どうしたものかなあ。

迂闊に「わたしは王子と婚約が決まっています」なんて言ったら、またあることないこと言いふらされて、王家に泥をぬってしまうだろうし。



「今日から花嫁修業しましょうか。ロジーナ様、いえ、ロジーナ。庶民派ぶってるんですから、当然庶民の気持ちが分かるのでしょう? まずは床の拭き掃除をしなさい」

「ほら、お義母様からのご命令ですわよ」

「きゃっ」



ティナム男爵夫人の右横のバーグズ男爵夫人が、わたしの肩を押さえて床に膝をつかせた。


あ、悪役が過ぎる……。

漫画はぜひともこの人たちを出すべきだった。

そしてロジーナ王妃を、イザベル・アンヌ王妃陛下のようにマイペースだけど優しい人物として出してくれればよかったのに!



「さあ、あなたのそのご自慢の、殿下から頂いたというドレスを雑巾になさいな。ティナム家に入るというのに、殿下といえど他の男からの贈り物を身につけているなんてはしたない!」


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