24.トイレのお姫様、いじめられる?1
冬も近くなると瘴気……、もとい臭気はだいぶ収まった。
それでも何かこう、街の中は香に紛れて「ザ・人間」なにおいがしている。
王都で暮らすのも大変なんだなあと思っていたら、ウィリアム殿下が教えてくださった。
今年の王都は、史上最大の人口過密状態。
この一年半、流行り病で亡くなる人が激減し、さらに水洗トイレのおかげでちょっとは衛生的になったからか小さい子どもの死亡率も下がって、王都では人口が増えつづけているのだ。
王都は現在、ひどい住宅難。
王城でも区画整理を急いでやっているそうだが、道にまで人が溢れている。
これで食糧難まで起こってなくてよかったと思うしかない。
王都とグラナト間の道路が整備され始めて、グラナトに対抗意識を抱いた各領も我先にと急いで道路整備をやったら、各地から食料を運んでくるのが楽になった。
王都周辺からだけではなく、グラナトのような辺鄙なところからでも日持ちする穀物や果物などは入ってくる。
他にもそれまで王都には入らなかった作物が市場に並んでいると、階下で使用人たちの話題になっていたとルイーズが言う。
「今まで珍しかった果物が毎日のように売られているのだと、喜んでいました。民たちも『トイレのお姫さま』が王都に滞在してくださっているおかげで色々な地域の食べ物や製品が手に入ると、最近では食事の前に天に祈るとともにお嬢様にも祈っているそうですよ」
「えっ」
「やっぱりすこしこそばゆいですかねえ、でもお嬢様は私の誇りですから、そこまで尊敬されてらっしゃるのも当然というか」
「いやいやいや、私は関係ないでしょう。王城のある王都に各地から物が集まるのこそ当然なのよ。私まったく関係ないわ」
知らないうちに天と同列みたいになってるのヤバい。
罰あたりそう。
「それよりも最近、ドレスが豪華になっている気がするのだけど」
寝巻の綿ドレスから水色の絹のドレスに着替え、ドレスと同じ水色のリボンをわたしの髪に編みこむルイーズを鏡ごしに見ると、ルイーズはふふんと鼻息を荒くする。
「それはもう、そうですわ。お嬢様の社交界へのデビューですもの。お嬢様は何事も質素にと仰いますし、それは殿下も望まれているお嬢様のお姿かもしれませんが、馬鹿な貴族どもは着ているもので人の価値を判断しますからね。お嬢様の素晴らしさを表すドレスをお召しになりませんと」
秋の収穫が終わって冬になると、王都で貴族会議が行われる。
十一月になった今も、各地から貴族が集まってきていて、王城内にはきらびやかな装いの人が増えてきている。
今年は三年に一度の「大貴族会議」。
任意で参加する貴族会議とは違って、大貴族会議は、国内の貴族に全員出席の義務がある。
つまりこの冬は、三年で最も王都に貴族が集まる冬なのだ。
史上最大の人口過密状態の王都に、最も貴族の集まる冬。
地獄か。
街中に停まっている貴族の馬車から嗅いだことのない香のにおいがして、ちょっと頭が痛くなっている。
そんなわけで、本格的な社交シーズンは貴族会議が始まってからだけど、小規模なお茶会やサロンの開催は日々増えている。
それに反比例して王城でのわたしのお勉強は、量としては少なくなった。
その減った分の時間を、さまざまなところのお茶会に出席する時間に充てるようになった。
王妃陛下や殿下だけでなく、同年代や少し上のお嬢様方、そのお母様方と頻繁にお会いすることになったのだ。
だからルイーズの言うことも分かる。
ほとんど全てのお茶会で、女性同士、どのようなドレスを着ているか、品定めするような視線は常々感じているから。
しかも今まで領地から出たことのなかった田舎男爵の娘で、水洗トイレを発案したという女はどの程度のものか、第一王子と親しくしているそうだが婚約者候補なのか、いくら民から人気があろうと貴族として取り入っておくのが正解か、蹴落とすのが良いか、そういった損得勘定がバリバリ入った視線を頂戴する。
確かにそれなりのものを着たほうがいいのだろうな。
「でも、石炭のおかげで薪代がちょっと安くなったからといって、申し訳なくも王家から養っていただいている身。毎日異なったドレスを着られるほど、わたしはたいそうな身分ではないわ」
「お嬢様! それは違いますわ!」
ルイーズが自慢げににっこりした。
「実はですね、今お嬢様がお召しになっているのは、先週お召しになったのと同じものなのです」
「え、でも、先週はこのような襟のレースはなかったと思うのだけど。あら、でもドレス自体の色は一緒かしら」
先週、殿下と乗馬したときに着たドレスは、確かにこの水色でこのスカートのふくらみだった。
だけど襟はレースではなくフリルだったし、袖はしぼってたのではなくて広がっていたような……。
「ところどころ仕立て直しつつ、装飾を換えたりアクセサリーを違うものにして、別のドレスのように見せているのですよ。この袖は先週お召しになったあと縫いつけてこのようにしぼりに、裾も下からフリルを出せるように少し上げました。この襟のレースは他のドレスにも合わせられるよう、シンプルな模様のものにしました」
「それはすごいし有り難いけど、仕立て直しにもお金がかかるのではなくて?」
「簡単なお直しなら家の者でできます。もちろんデザインは専門の職人に依頼しておりますが、王妃陛下のついでというのと、『トイレのお姫様』のだというので格安で引き受けてくださいました。それに布地はウィリアム殿下がこれでもかと贈ってくださいますし」
そこはお仕事分の正当な料金を支払ってあげて!?
ていうか王妃陛下と同じ職人なのね!?
わたし知らなかったわよ!?
そして殿下はいい加減もう布地を贈ってくださらなくてよいです!
「それに刺繍は、お嬢様がご指示なさった通り、救貧院の子どもたちに仕事として依頼しておりますから、慈善事業も兼ねております。着終わったドレスは王都や他の領で必要な方に売っておりますから、無駄にはなっておりません」
「それなら、まあ……」
「石炭で得たお金はできるだけ使えと、デュランブ卿にも申しつかっておりますし」
王家から生活費を頂いていて、それにプラスして実家から仕送りが来るようになった。
石炭でけっこう儲けているようだ。
とても商売に向いているとは思えないお父様だけど、王家から派遣された人が頑張ってくれているらしい。
石炭で得たお金は使え、というのも、グラナトの富はグラナト皆のもの、ひいては王国のものだから、国の皆に還元しろ、というところだろう。
お父様らしい。
仕送りがあるからと一度は辞退しようとした王家からの生活費は、「身一つで来てほしいとお願いしたのは王家のほうだから、王家の顔を立てて受け取ってほしい」と殿下にお願いされて、減額もされず受け取りつづけている。
それもやはり王都の民に還元するのが筋だろう。
ということで、できるだけ貯めこまないようにしている。
もちろん使用人のお給金とか、屋敷全体の食費燃料費もあるから、そこまで贅沢にできるわけでもないけれど。
「お嬢様、ご心配にはおよびません。このルイーズ、馬鹿な貴族どもに付けいる隙を与えるようなことは致しません。お召し物のことはルイーズにお任せくださいませ」
「頼もしいわ」




