23.国王陛下のお悩み
ご感想頂きましたが、石炭の種類、考えてなかったのです……すみません……。
息子が優秀すぎる。
アイオライト王国国王モーレイ八世はそう思っている。
あれは自分よりも王に向いているんじゃないか。
***
王位についたときからずっと思っていた。
自分には向いていないのかもしれない。
真面目なだけが取り柄の自分に、一国の王なんて出来ないんじゃないか。
そのうち反乱でも起こされて、首を取られてしまうのでは。
しかしモーレイ八世の父に、息子は末っ子の彼しかいなかった。
他はみな王女で各国の王族や貴族に嫁いでいき、彼の父が落馬して死んでしまうと、彼が王になるしかなかった。
彼はまだ二十歳になったばかりだった。
頼りない、若い王。
せめてもっと父から教えてもらう時間があったら。
若き王が先々王の功績をまとめた書を読みつつ溜め息をついていたら、当時の宰相だったペンブルック伯ロバート・ピーターが駆けこんできた。
「ウェスティリア帝国より、帝国第三王女イザベル・アンヌ様がご到着なされました」
図書室で大きな声を出す前に、先触れとかさあ、知らせておいてよ、とペンブルック伯に愚痴りたくなるものの、むしろ前日からやたら豪華な金糸の刺繍入りの服を着せようとしてくる侍女らの行動で気がついておくべきだったのか。
モーレイ八世自らウェスティリアの王女様を出迎えにいくと、そこで微笑んでいたのは。
「お久しゅうございます、陛下」
小さいころ、温泉地で一夏を共に過ごしたことのある少女。
姉たちと一緒に遊んでくれた。
顔も覚えていないし、どこの娘だったのかも知らなかった。
ただそんな娘がいて、姉の友だちだったんだろうなあ、という程度の認識。
しかしモーレイ八世は、目の前に立つ王女を見て、すぐに分かった。
あの子だ、と。
亡くなった父王が全て準備していたのだ。
お早く婚姻をと言われていた年齢の自分に誰もあてがわないと懸念していたら、自分の知らないところで着々とウェスティリアとの縁談を進めていた。
できれば昔、遊んだことのある第三王女を、と。
自分より二つ年上のイザベル・アンヌは、頼りない自分を補って余りある存在として隣に立ってくれた。
大国ウェスティリアとの折衝役として、二人の王子を生んだ王妃として。
信用のおける者とそうでない者の見分け方、社交界でのより洗練された振る舞い方、そんなことを間近で教えてくれる、よき先輩として。
もったいないくらいよくできた妻、そして王妃。
***
王として十数年、王妃や臣下の助けを借りながら、それなりにやれていたと思う。
しかし息子の第一王子ウィリアムは、まだ子どもなのに、王である自分を上回る改革を成し遂げた。
下水道の整備と自動水流洗浄トイレの普及だ。
さらに今日は、木炭や薪ではない新たな燃料の報告をしてきた。
これでまたこの国は大きく変わりそうだ。
いや、おそらく世界が一変する。
時代が変わるときには、それに見合った優秀な王が生まれるという。
ならばウィリアムはそれなのかもしれない。
自分では成し得なかったことを出来る器。
時代は人間一人がどう足掻いても変わっていく。
だがそれに上手く対応する王になるのかもしれない。
きっとなるのだろう。
そういえば、国の南方へオレンジの視察に行きたいと言い出したのも、ウィリアムだった。
かわいい息子の頼みだと田舎も田舎の南端の村へ行けば、そこで見つけた領主の男爵の娘を妃にすると言い出した。
言い出したときにはもう、こちらを納得させるだけの筋書きを用意していたのだった。
鳶が鷹を生んだ。
それでいい。
自分なんかより立派な王となるだろう息子に、嫉妬を抱いたことがないと言ったら嘘になる。
そして自分なんかより立派な王族である王妃にだって、嫉妬したことがある。
けれどそれはもう飲みこんだのだ。
自分は偉大な王の父だ。
それのどこが悪い。
自分の息子が国をよくしていくのだ。
誇るべきことだ。
自分はその父として胸を張るのだ。
「陛下、明日は遠乗りに行くそうですね。でしたら今日は是非、タルトタタンを召し上がっていただかないと」
イザベル・アンヌがモーレイ八世の皿に、タルトタタンを丸ごと載せる。
以前、毎日勧められるがままに食べていたら、とんでもなく太った。
菓子の誘惑を必死でふりきり、馬が潰れないように減量したのだが、イザベル・アンヌは隙あらば菓子を目の前いっぱいに積んでくる。
「その、一切れで良いのだが」
「では半分に切り分けますね」
「いや、半分の半分の半分くらいで」
「それでは食べていないのと同じですわ! もっとたくさん、がばっといってくださいませ」
菓子のことに関しては常識破りの彼女を、モーレイ八世は愛しいと感じている。
人の魅力とはこういうことなのだろう。
完璧すぎたら息も詰まる。
イザベル・アンヌのように、どこかでこぼこしていて、それがその人の魅力なのだろう。
あのウィリアムが連れてきた男爵の娘も、生まれは田舎のかろうじて貴族の家、容姿もこれといって秀でているところもない。
だがその娘から出てくる発想が、ウィリアムには魅力的に映ったのだろう。
「時にアンヌ、あの娘は将来、王妃として務まりそうかね」
「ロジーナ嬢のことですね。はい、素直なよい子ですわ。まだ子どもで貴族社会の洗礼は受けておりませんし、人あしらいに関してはこれからですけれど、歳に合わない賢しさには期待できます。ウィリアムとは手紙のやりとりを頻繁にしておりましたし、話もきちんと出来ています。お茶会で聞いておりますと、ただ王族になりたいがための娘より、よほど現実的に王子の妃になることを考えている様子が伺えますわ。それに何よりウィリアムを見て頬を赤らめているのですもの。ウィリアムの妃になるのであれば、わたくしはそこが最も大切だと思っておりましたの」
「そうか……」
現王妃を認めさせるだけの資質はあったらしい、グラナト=ガラナト領領主の娘ロジーナ・デュランブ。
モーレイ八世が彼女を王子の妃にするしかないと決意したのは、燃える石の報告があったからだ。
あの燃える黒い石。
あれがもし燃料として使えるならば、王城の中どころか、民の生活もありとあらゆるものが変わってしまう。
戦力の規模も戦のやり方も、何もかも。
つまりそれは、内乱が起こるかもしれない可能性が出てきたということだ。
あの燃える石はグラナト=ガラナト領の山からしか出土した報告が上がっていない。
あの石をグラナト=ガラナトが独占してしまえば、アイオライト王国から独立できる戦力を持つことも出来得る。
野放しにはできない。
国を内戦で疲弊させるわけにはいかない。
モーレイ八世はアイオライト王国の王として、内乱を防ぐため、グラナト=ガラナトの忠誠を得続けなければならないのだ。
そのために必要なのは、手っ取り早く言えば婚姻だ。
自分がウェスティリアの王女と結婚して世界一の大国と縁続きになったように、王家の誰かがグラナト=ガラナトの者と縁を繋げば。
まさかウィリアムはこのことをも見通していたのだろうか。
こうなることを知っていて、グラナトの娘を自分の婚約者にしたいと囲っているのだろうか。
イザベル・アンヌが笑って、モーレイ八世の手の甲を指でなぞる。
「ご安心くださいませ、陛下。ウィリアムもちゃんとロジーナ嬢を好いておりますから」
「そうなのか……」
「きっとわたくしたちのように、仲睦まじい夫婦になりますわ」
***
アイオライト王国国王モーレイ八世は常々思っている。
自分は王には向いていない。
だが家族には恵まれた。
美しい理解者である妃がいて、優秀な王子たちがいる。
第一王子は優秀すぎるかもしれないが、その王子がいつか素晴らしい王になると思えば、その父である自分の存在も誇れるだろう。
王子に王位を譲って馬に乗る必要がなくなったら、妃に勧められるがまま、菓子を食べよう。
それまでしっかり国を守ろうではないか。
いつか来るべきその日々のために。




