21.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、王都の夏
この国の人たちは、人前であまり肌を露出しない。
それが公衆浴場を作るネックになっていた。
正餐会や舞踏会のドレスはノースリーブでもいいけれど、明るいうちは長袖のドレスしか着ない。
基本的に鎖骨を出していいのは既婚の女性だけ。
未婚女性は鎖骨を隠す襟ぐりのものを着なければならない。
男性がセクシーだと思う女性の部位は、くるぶし。
だからドレスの裾は足首より下にくるものしか作られていない。
普段は見えないけれど、ダンスをしているときに裾が翻ってくるぶしがちらりと垣間見えるのが、男性にめちゃくちゃよく効くポイントだ。
男性だって同性だけの場でなら裸にもなるが、異性の前で崩した格好はしない。
なのでこの王都アダマスでの「住人全員、川で水浴び」構想は進んでいない。
つまり、みんな、くさい、ままなのだ。
しかしながらデュランブ家タウンハウスには無事、お風呂がついた。
「せめて家の中だけでも臭くないわ!」
「本当によかったですね。これで川を探し歩くこともなくなりましたし、私たちにも同じものを頂けるなんて、まさに僥倖です」
ルイーズも嬉しそうで、まさに殿下様々。
わたしの使う浴室とは別に、ルイーズの部屋にもルイーズ専用の浴室を、階下にも使用人用の浴室を作ってもらい、我が家は全員、寝る前にお風呂に入るルールにした。
グラナトの空気には程遠いが、それでも街中や王城に比べたら深呼吸だってできる。
毎日王城へ通うのに家を離れるのが悔しいくらいだ。
ちなみにミス・マレットは、王城への報告や知人友人への挨拶を済ましてすぐ、グラナトへ戻っていった。
表向きはわたしの妹弟たちの教育のため。
本当は、街全体の臭気に我慢ができなくなったから。
気持ちわかる。
「問題は薪の消費量がすごいことですね」
お風呂ができて唯一の悩み事はそこだ。
「王都って薪、拾うところがないのね」
「グラナトでは拾い放題でしたが、こちらでは買わなければなりませんからね」
「薪代の請求書を見たときには目を疑ったわ。本当ならそこに見えている山に拾いにいきたいのだけれど」
「それはさすがに貴族のお嬢様として相応しくない振る舞いですので、止めねばなりませんね」
王都での生活費は王室が出してくださっている。
まさかその大半が、食費や服飾費でなくて、薪代に回っているとは思わないだろうな。
そして改めてお湯の貴重さがわかった。
公衆浴場は欲しいけど、燃料費がかかって維持できないわ。
「でもせめて、少しのお湯でもいいから入浴の習慣が根づいてほしいものだわ……」
王城内では、
「いつ湯浴みなさったの?」
「いつだったかしら、忘れてしまったわ」
なあんて会話があちらこちらでされている。
入浴なんて忘れるくらい前にしたのがむしろ良いことなのだ。
体臭を隠すために香水をふりまいて、その香水文化のほうがやたらと発展してしまったので、大人になればなるほどもっと違う方向へどうにかしてほしかったとしか思えないくらい複雑で奇天烈な香りを身にまとっている。
それが高貴な者の嗜みになっているのだ。
朝食のあとのお茶を注いでくれているルイーズが、そういえば、と言う。
「昨日届いたミス・マレットからの手紙に、グラナトで新しく燃料になるかもしれない石が見つかったと書いてありましたわ」
「石?」
「火にくべると長時間燃えているのだそうです。料理の火に使ってみているそうですが、それを送ってもらいましょうか。でもここまで石を運んでくるのもちょっとですよねえ」
もしやそれは「石炭」なのでは?
それでお湯、めっちゃできるのでは?
「ルイーズ、ぜひその石を送ってもらってちょうだい。王城で調べてもらうわ」
自分では石炭の使い方なんて知らないけど、水洗トイレをするっと作れる王城の方たちなら、何とかしてくれるはず。
わたしはただただ「お湯がいっぱい沸かせてみんなお風呂に入るようになりますよーに」と祈っておく。
王城でも毎日湯浴みしているのは、ウィリアム殿下とその下の一握りの人たちだけだ。
それだってわたしに言われて、本当に病にかかりにくくなるかの実験の意味合いが強い。
王都の夏はグラナトより暑くなく、長袖の薄いドレスも無理なく着られるけれど、それでもきちんと着飾れば汗をかく。
街の民たちは半袖でも働いていたら汗だくになる。
そしてその汗の臭いが、王都を包みこむ……。
お願いだから早くみんなお風呂入ってー!




