2.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、漫画を思い出す
小国であるマリカ公国の王女ソフィー・シアラーは、隣国のアイオライト王国の第一王子ユアンに嫁ぐことになる。
アイオライト王国は文化文明の先進国で、マリカ公国はアイオライト王国の庇護下にある。
要はマリカ公国のために政略結婚させられるわけである。
体のいい人質だ。
ソフィー王女はマリカ公国のためと、アイオライト王国に気に入られるようにドレスや化粧を王国風にする。
しかし明らかな政略結婚のソフィーに対し、連れてきた一人の侍女以外、ユアン王子を含め城中の人間が冷たくあたるのだ。
卑屈になってしまったソフィーに王子は義務感丸出しの態度をとるが、ソフィーはこのままでは幸せになれないと奮起し、国民の誇れる王妃になろうと努力するようになる。
明るく笑うようになったソフィーにユアン王子も愛情を持ちはじめ、何とか王太子夫妻として形になっていく。
それがおもしろくないのがユアン王子の実の母親、ロジーナ王妃と、ユアン王子の実妹のシャロン王女。
ロジーナ王妃は必要な王妃教育でわざと手を抜いたり嘘を教える。
シャロン王女はマリカ公国名産の葡萄をわざわざ取り寄せ、ソフィーのドレスを葡萄の汁まみれにしたり、すり潰した葡萄をソフィーに頭からかけたりする。
一国の王妃や王女がするには程度の低すぎる嫌がらせの数々。
もちろんバレないわけがない。
嫌がらせに黙って耐えるソフィーの健気さに、王や王子はもちろん、城中の使用人や城に出入りしている貴族や騎士たちは、王妃と王女を厭うようになる。
王妃の嫌がらせでとうとう政治にも影響が出る。
アイオライトの王族としての行儀作法をソフィーに教えず、ソフィーはアイオライト王国より大きな国の特使に失礼な対応をしてしまうのだ。
そこに至ってようやく王は、ロジーナ王妃とシャロン王女を王都から離れた地方の塔に幽閉することに決めたのだった。
王妃と王女は改心することもなく、ソフィーを恨みながら、塔へ向かう馬車に押し込まれる。
馬車を見送り、近衛騎士団団長イアン・カーライルがウィリアム王とユアン王太子、そしてソフィー王太子妃に忠誠を誓う。
ソフィーは周囲の助けを借りながら立派な王妃となり、頼れる夫になった王ユアンとともに、アイオライト王国を発展させていくのである。
***
そんな漫画を読んだ記憶がある。
前世で。
わたしは日本に生まれて恙なく保育園小学校中学校高校大学を修了し、社会人となった。
同じ会社で七年働いて、同僚と婚約し……たところまでしか覚えていない。
結納で義母になる予定の人に「この子には焦らなくてもいいって言ってたんだけどねえ」とイヤミを言われたこともしっかりと覚えているのに、それ以降がまったく思い出せないというのは、つまり、そのあたりで、理由はわからないけど死んじゃったんだろうな。
ソフィーが出てきた漫画はどこで読んだんだっけ。
確か小学生のときに買ってた月刊誌。
毎月四百円を握りしめて買いにいってたっけなあ。
それにしても小学生に読ませるにはちょっとどろどろした内容な気がする。
そしてロジーナ王妃としてはたまったもんじゃない内容だ。
だってこれが現実だとしたら、わたし、王妃になって、嫁をいじめて塔に幽閉されるんだ!?
いやいやまさか。
この現実が漫画の世界なんてこと、あるわけが……。
いやいやいや、知ってる、あるわ、こういうの。
社会人やってたときはまってたわ、こういうシチュエーションのネット小説読むの。
あれだわ。
そっかー、わたしあれやってんか今。
ていうことはマジでこれあの漫画の世界か。
へー、あの王妃、もう顔覚えてないんですけど、こんななりゆきであのしどろもどろな王様と結婚したのかー。
ウィリアム殿下、あんな優柔不断に育っちゃうの?
前にお話させてもらったときは王太子然として、ソツのない出来る王子様って感じだったのになー。
いやー、わたしあんな嫁いびりすんのかー。
それで幽閉されるのかー。
人生、どうなるかわからんねー……
イアン・カーライル少尉が「ウィリアム殿下へのお返事を頂きたく」と言っている声も遠く、わたし、ロジーナ・デュランブの目の前は暗くなった。