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19.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、現王妃の怖さを知る



イザベル・アンヌ王妃陛下とのわんこ菓子お茶会は平穏に終わった。


が、これから日曜日以外は王城へ上がることとなった。

王妃になるなら外交は必須項目。

世界一の強国であるウェスティリアの言葉はもちろん、他の国の言語も覚えなければならない。

恐れ多くもウェスティリア語を王妃陛下直々に、他の言語は王子殿下たちを教えたのと同じ教師をつけてくださるというのだ。


さらに、今までは国内の賓客をもてなすだけだったのが、これからは外国からの賓客のお相手もしなければならなくなる。

その勉強も王城ですることになった。

おそらく城に慣れるためというのもあるのだろう。

それにグラナトにいたら出来ないような、王室にふさわしい庭作りや室内装飾も実地で学ばなければならないだろうし。





わたしのお茶会用に編み上げていた髪の毛をほどいてくれていたルイーズにこのこと伝えると、きゃあ、と小さく悲鳴を上げた。

いつも落ち着いているルイーズらしくもない。



「そ、それは、その、王妃陛下と毎日お茶会されるのですか……?」

「そりゃ、まあ、毎日かどうかは分からないけど、時間が合えばすると思う」

「ひぇっ」



部屋の中にいたルイーズとメイドたちに、一気に緊張が走る。


変なの。

確かに王妃陛下とのお茶会は、ドレス選びも髪型も化粧もマナーも気をつかう。

でももしウィリアム殿下と結婚したら、大概毎日顔を合わせることになるんだし。



「ルイーズ、どうしてそんないわく言い難い顔をしてるの」



王妃陛下とのお茶会は、貴族のご令嬢方の憧れじゃないのかしら。

ルイーズだって殿下からわたしのところに遣わされたのだから貴族、ていうか、男爵家のわたしと同じ位の娘さんだと思うのだけど。

ルイーズの眉間にしわが寄っているのを見ると、陛下とのお茶会を嫌がっているように思える。



「お嬢様、王城の、王妃陛下のお庭に出る扉の上にかかってあった肖像画を覚えてらっしゃいますか」



城ではルイーズには控えの間で待ってもらって、わたしだけ王妃陛下とお会いした。

陛下付きの侍女の方に手を引かれて庭へ……、って、あったなあ、肖像画。



「あったわね、珍しいのが。肖像画を描かせるなら詐欺レベルで美化して描かせるのが普通なのに、なぜかたっぷり肥えた四人家族の肖像画が。抱かれている赤ちゃんまで標準の二倍くらいの太さがあったやつ。王族だろうなとは思ったけど、誰が描かれていたのかまで見なかったわ」

「あれはですね、お嬢様」



ルイーズがごくりと唾を飲む。



「現国王陛下ご一家です」

「……はあ!?」



腰が抜けるほど驚いた。


あのデブ四人が現国王一家だと?

そんな馬鹿な。

体型が違いすぎる。

現国王陛下も、王妃陛下も、ウィリアム殿下も、ほっそりとは言わないが、適度に筋肉と脂肪がついた健康的な体型じゃないか!

ウィリアム殿下の弟のロバート殿下は拝見したこともないからどんなお姿か知らないけれど、たぶんデブじゃないよね!?



「お嬢様は王妃陛下からお菓子をたくさん頂いたと仰ってましたよね」

「ええ、陛下の母国ウェスティリアのお菓子はとても美味しかったわ」

「王妃陛下はウェスティリアから何人もの菓子職人を連れてこられました。やはり食に関してはウェスティリアのほうがいろいろと進んでますからね」

「それはミス・マレットに教わったわ。地理的にウェスティリアは東西南北、さまざまな地域から食材が集まりやすいからって」



そしてアイオライト王国は、ウェスティリアの南西にせり出した土地だ。

大陸とはウェスティリアを通してしか繋がっていない。

何かを輸入しようとすれば、ウェスティリアを通してか、海路頼り。

なかなかウェスティリアのように常に豊富に様々な食材があるというわけではない。



「王妃陛下が連れてこられた一級の菓子職人たち、そして底のない胃袋をお持ちの王妃陛下。その王妃陛下にお食事を合わせた国王陛下と王子殿下がどうなられたか、ご想像できるかと思います」

「つ、つまり……」

「ええ、そうです」

「すごく太ったのね……?」



ルイーズは深刻な顔で頷いた。



「国王陛下と王子殿下だけではありません。王妃陛下に近い存在となるとどんどん肥えさせられるのです」

「そんな……っ!」

「ミス・マレットも、私も、ものすごく肥えさせられました。カーライル卿ご一家もです」

「そ……れはちょっと、見てみたい……かも……」

「ですから、国王陛下が自戒をこめて、あの肖像画を描かせたのです。王妃陛下の私的なお茶会は大体お庭で行われますから、あのお庭に行く前に、食べすぎたらどうなるかを思い出させるために飾られているのです。ですから、お嬢様。お嬢様もお気をつけくださいませ!」

「は、はい!」



明日は運動しよう。乗馬だ、乗馬。

水浴びできそうな川を探しにいこう。




……いや、ていうか、だからってあんなデブな肖像画描かせる!?

そんなの残したら「珍妙な王族一家像」として、三百年後とか四百年後とかに「笑える歴史」とかで紹介されちゃうでしょ!




「でもあの王妃陛下に太ったときがあったとは、信じられないわ。まるで妖精のようだったもの」



うすらぼんやりした記憶のなかの肖像画では、王妃陛下も肥えていた。

髪に編みこんでいたリボンをほどき終えたルイーズが笑う。



「王妃陛下は今まで一度たりとも太っていませんよ」

「え、肖像画では全員太ってたけど」

「あれは国王陛下から王妃陛下へのちょっとした脅しだったという話です。そんなに食べたら私たちみたいに太るぞ、と。でも王妃陛下は太ったことはなかったはずです」



ふーん。

国王陛下とはグラナトに視察に来られたときにご挨拶したきりお会いしてないのだけど、なかなかお茶目?


そういえばウィリアム殿下もお茶目といえばお茶目よね。

アイオライト王国王妃の象徴エメラルドのネックレスを贈ってくださったときも、王妃の象徴だなんて一言も仰らず、「私の犬が先日掘り当てたものです」っていう手紙だったし。

王妃の宝石と言ったらエメラルド! っていうのが当たり前の国で、それを贈られて気づかなかったわたしが悪いのかもしれないけど。




「ルイーズはよく知ってるのね。王妃陛下に気に入られていたみたいなのに、わたしなんかのところに来ちゃって良かったの?」



メイドたちの視線がわたしに降り注がれる。

なにか変なこと言ったかしら。


だって肥えるくらい陛下とお茶会をしていたのに、辺鄙なグラナトに派遣されたなんて。

男爵家で陛下とお茶会っていうのもそうそうなさそうだし。

もし王都にいたままだったら、わたしじゃなくてルイーズがウィリアム殿下の婚約者になっていたんじゃないかなあ。


このデュランブ家タウンハウスのメイドたちは、ルイーズのお家から来てもらった者が多い。

だからだと思うんだけど、わたしに対してちょっと微妙な距離感。

やっぱり自分の主人が王妃になるほうがいいし、同じ身分でも自分の主人が誰かに仕えているところなんて見たくないわよね。



できればルイーズとはふつうのお友だちになりたいわ。



鏡ごしにルイーズを見ると、困ったように笑っていた。



「王妃陛下のお茶会にお招きいただくのは光栄なのですが、やはり体型を元に戻すのが大変だったので、グラナトで健康的な生活ができたのは幸運でしたよ。それに、お嬢様とも仲良くなれましたし」



育ち盛りのわたしたちなら、グラナトで健康的に生活したのは良かったのかもしれない。



「そう言ってくれるなら、嬉しいわ」

「お嬢様は心配しすぎですよぅ。それにですね、お嬢様」



きっとルイーズの目がつり上がる。



「お嬢様もお太りにならないように、王妃陛下とのお茶会のあとはお食事は控えめに、そして運動しましょうね」



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