18.第一王子の腹の中2
母君とロジーナ嬢の初めての茶会を、実は覗き見していた。
数メートル離れた茂みに隠れて、母付きの侍女やメイドにも伝えずに、一人で。
「ねえ、わたくしの可愛い坊や。貴方のロジーナ嬢が王都に来られたら、わたくしが一番最初にお会いしてよろしくて?」
そう母君が仰ったときには、無駄だとは分かりながらも断ろうとしたが、やはり無駄だった。
どうにもこの母君には丸めこまれてしまうのだ。
それに、ロジーナ嬢が妃になれるかどうか、母君にも見ていただかなくてはならないのは確かだった。
もちろん私から父王と母君を説得してはいたけれど、遠い地方の男爵家の令嬢にお二人ともあまり良い顔はしなかった。
ミス・マレットやルイーズ嬢も陥落されたように、ロジーナ嬢は一度ちゃんと話してみれば、素朴でひらめきを持つ少女だと分かる。
一年、手紙をやりとりしたけれど、王子である私とのことでのぼせ上がるような浮ついたところもなかった。
数ある男爵家からでも、彼女ほど妃とするのに都合のいい令嬢はいない。
民からの評判も、元ガラナト領領主エド・リッジの件からより一層上がっている。
庶民がいなければ、貴族がいなければ、王は王ではいられない。
たとえ高位貴族の令嬢がよく節制した生活をし、民のために何か成したとしても、今ではもう、それだけでは駄目なのだ。
真実貧しい田舎で、そうするより他どうしようもなく暮らしてきたデュランブ家のロジーナ嬢だから、いつか王となる私の妃に相応しいのだ。
***
はっきりと覚えている。
ロジーナ嬢と出会うずっと前、私は五歳だった。
私の母であるアイオライト王国王妃イザベル・アンヌの母国ウェスティリア帝国。
そこに私は父王と母君とともに、母の妹の王女の結婚の式典に参加するため訪れていた。
各国から王や貴族らが参列する中、式典は二日目の晩に入った。
各国王族のみの正餐の最中、末席に座していた北東の国王夫妻のところへ、ウェスティリアの兵に囲まれた北東の国の近衛兵がやってきた。
祝いの席に何事かと場が静まり返り、決して大きな声ではなかった北東の近衛兵の言葉はホールに響き渡った。
ウェスティリアの国王夫妻から近い席にいた私にもはっきり聞き取れた。
「陛下! 陛下がこちらへ発って二日後、タルドム城に武装した民衆が押し入ったとの報告がコナコヴォの領主から上がってまいりました! その後コナコヴォでも城に民衆が押し入り、国内各地で同じような暴動が発生しております!」
そのような報告、北東の国王をこの場から連れ出してからするのが最良だったろうに。
否、そうする時間もなかったのだろう。
北東の国王夫妻は慌ててホールを出ていったが、階上から私たちの正餐を見ていた貴族らがざわめき、結婚式の雰囲気には戻らない。
私も父王と母君の顔をうかがいながら、静かにナイフとフォークを動かした。
この一連の式典に参加するには、大人と同じように振る舞えなければならなかったから、アイオライトで必死に練習したのだ。
私の記念すべき外交の一歩目だったのに、まさかこのような事態になるとは。
各国の王族らは、あくまで表面上は優雅に食事し、しかし控えの者を呼んで北東との国境の守りを固めるよう命令を出していた。
もちろん大国であるウェスティリアも、北東の国とは離れているとはいえ同盟を結んでいる国に派兵する。
ウェスティリアの式典のために各国王族が集まっているときに国に何かあったら、ウェスティリアを恨みに思うかもしれないから。
全ての手順を終えたであろうウェスティリア帝国皇帝陛下は笑って言った。
「まったく、余計な者がいたようだが。皆様方の国ではあり得ないだろうが仮にもし北東の国に触発された民の暴動が起きても、ウェスティリアはここにおられる方々の国の安寧のために助力は惜しまない」
その皇帝陛下の宣言に、正餐のテーブルについていた人たちからはもちろん、階上で見学していた貴族らからも、歓声が上がった。
花婿の国はウェスティリアよりも北にあったから、皇帝陛下としても北東の国の影響を最小限に抑えたかったのだろう。
暴動の報に表情をかたくしていた花婿も花嫁も、義務である式典の主役をにこやかに続けていた。
北東の国の暴動は、暴動ではなかった。
革命だった。
国王が留守にする機を待って実行したのだろう。
しばらくウェスティリアに留まっていた北東の国王夫妻は亡命を求めていたが、どこの国も断った。
下手に受け入れて、北東の革命軍に狙われたくない。
結局、北東の王族や貴族は大半が革命軍の手に落ち、軍が政権を握ったが、その情勢は不安定なままだ。
***
北東の国では王侯貴族の贅沢のために重税を課し、また貴族らと関わりのある一部の商人や職人だけに富が集中していた。
その日のパンを食べるのにも困った民衆たちは、鍬や鋤を手に立ちあがったのだった。
元々が他の国々よりもだいぶ新興の北東の国だった。
その地に住んでいた民らのほうが、王侯貴族らより先にその地を守ってきていたのだ。
王族の私でも、民らの心を想像することはできた。
そして私は思った。
民なくして王ではいられないのだ、と。
ましてや商人の財力が貴族のそれを超えてきている今、下手をすれば身分社会を根底から覆す事態になりかねない。
だから、わたしは。
民の人気取りだ。
王族、それも王位継承権を持つ私が庶民と結婚するわけにはいかない。
貴族とはいえ貧乏で、庶民と同じ食事を取る日常を送り、庶民と同じように働き、田舎を出ることもできない少女を妃に迎える。
民から「『貴族ではあるけれど身をもって庶民の生活を知っている女性』を妃に迎えた王子」と思われなければならなかった。
それにはロジーナ嬢が適任だ。
おまけに自動水流洗浄トイレの発案までしてくれた。
慈悲深い女神(庶民派)像として申し分のない少女なのだ。
今はまだ王妃としては不安はあれど、国を思えばこれ以上適任な者はいない。
どうにかロジーナ嬢が母君に認められますように、と庭の茶会の横、草陰に隠れていたら。
「できれば貴女、ウィリアムを愛してあげてくださらないかしら」
とぎれとぎれに聞こえてきた母君の言葉。
それは政略結婚が常識の世界で奇異ともとれる言葉。
だけど、それにロジーナ嬢が頷いた気配がして。
私は反省しなければならない。
王家からの結婚の打診を男爵家が断れるわけがないのを知っていて、こちらの都合でロジーナ嬢を王室に入れるのだ。
ロジーナ嬢がそれを望んでいなくとも、だ。
私も、ロジーナ嬢を愛さなければ。
民を愛し、王室を愛するのと同じくらいに。




