17.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、王妃陛下とはじめてのお茶会
王妃陛下の長い指が、アーモンドを飾ったドライフルーツたっぷりのケーキをつまむ。
まるで雲でも食べているかのように音のしない食べ方に、本当に妖精なんじゃないかなと思えてくる。
そう、妖精。
妖精は、かわいいだけの存在じゃない。
妖精はいたずらをする。
いじわるをする。
陛下は、如何とも答えづらいことを尋ねてこられた。
「貴女はウィリアムの妃になりたい?」
いいえと言ったらウィリアム殿下のご意思に背くことになる。
では、はいと答えたら。
自分の功績を盾に殿下に結婚を迫った女に思われてしまうのではないか。
王妃陛下のように美しくもない田舎娘が、不遜にも王子殿下の妃になろうと下手な画策をしていると思われてしまうのでは。
いくら白粉をはたいていても、困惑して青くなってしまった顔色は陛下に隠せない。
「ごめんなさいね、言い方が悪かったかしら。もし貴女が王室に入るためにウィリアムを誑かしたのなら、わたくしは貴女方の婚姻を認めるわけにはいきませんでしたのよ」
決して地位目当てではありませんが、殿下を止めていただければ有り難かったです……。
「でもね、貴女のことをミス・マレットから聞いて、そのような方ではないと分かりました。貴女は地位や富だけを望むということはない。かといって、ウィリアムがわたくしたちを説得したように、民のことを想い涙する聖女のような娘でもない」
おい待て。
殿下そんなこと言ってたのか!
「まあ、聖女という呼び名は、流行り病から民を救ってくださった貴女への賛辞として相応しいですわね。ウィリアムにとっても、王太子としての能力を示すことができて、その機会を与えてくださった貴女は聖女と言えば聖女なのかもしれませんし」
水洗トイレ欲しいんですよねーって言っちゃったら作ってくれた陛下のところの息子さんもわたしにとってはなかなかに救世主ですけどね!
だって流行り病は、グラナトまで来なかったんだもの。
うちの村はそもそも人口が少ないのと、都会と行き来する人も滅多にいなかったから、王都や他の都会ほどたくさんの流行り病に遭うこともなかった。
だから流行り病から救われたと言われても、あまり実感がわかなかったのよね。
「それに書物の理解は恐ろしく早いと聞きました」
それは昔取った杵柄(年齢)ですけど。
「しかしながら今の貴女を妃にするには不安があります。ウィリアムと結婚するということは、いずれ王妃になるということですが、今のままでは国内の一領主の娘にしか見えません」
そうです、わたしは一領主の娘なので、殿下に嫁いで王妃になるなんて無理なんです。
ていうか、ミス・マレットに一年、王妃教育を受けたからって、そんな急に王妃然とならないですって!
しかもグラナト領の実家にいたままだったし!
だから王妃陛下からNG出してくれないかなあ、なんて期待してるのですが。
どうですかね。
男爵家の者とはいえ貴族らしくもなく、縋りつくような表情をしてしまう。
だがそこは妖精じみた王妃陛下。
「ですから、これからはわたくしともご一緒にお勉強しましょうね」
可愛いだけの妖精ではやっぱりない。
こちらが是としか答えられないように、魅惑的に笑う。
この王妃陛下、隙がなくて、乳母のマノン婦人よりもミス・マレットよりも、逆らえない空気。
あー、王妃ルート回避不可かー……。
「先ほどウィリアムの妃になりたいかと聞きましたのはね、ウィリアムのことを好いてらっしゃるかどうかをお聞きしたかったの。できれば貴女、ウィリアムを愛してあげてくださらないかしら」
妖精の瞳に、ふっと人間の暗さが浮かんだ。
「あの子は早熟なのです。王子として、いずれ王になる王太子として、出来過ぎている。弟の手本にはよろしいのですけど。まだ子どもでいてほしいのに、わたくしにさえ、甘えてくれないのですよ。だから、レディ・ロジーナ。わたくしが陛下をお支えしているのと同じにでなくてもよいの。貴女なりにウィリアムを支えてあげていってほしいのです」
陛下から紡がれた言葉に、自分が間違えていたことに気づく。
そうだ、わたしは、いつか王妃になる。
自分が嫁イビリ王妃にならないようにするだけじゃない。
夫となるウィリアム殿下をお支えするのだ。
自分のことだけじゃない。
相手のことを、もっとちゃんと考えなければ。
「さあ、貴女もどうぞ召し上がって」
王妃陛下が指さしたケーキスタンドから、アーモンドのケーキが消えていた。
アーモンドのケーキだけじゃなくて、スポンジケーキもパウンドケーキもサンドウィッチもスコーンもショートブレッドも、ほかの色とりどりのプチフールも、信じられないくらい山盛りになっていたチョコレートも、いくつもあったジャムスタンドの中のジャムも、全部なくなっている。
んん?
わたし、なにも食べてないよ?
それに王妃陛下もずっと話していて……、そういえば陛下、話しながら食べていたような……。
「あら、なくなってしまっていたわ」
白くて細い手首がすっとベルを鳴らした。
「お菓子を持ってきてくださいな」
「かしこまりました、陛下」
人払いされていた庭に何人ものメイドがワゴンを押してきて、テーブルに追加のお菓子を並べていく。
さっきよりも量、多くないか……?
「さあ、どうぞ。わたくしの故国ウェスティリアの代表的な菓子のマカロンなどは、ご覧になるのも初めてではなくて?」
わたしのお皿に、陛下自らいくつか盛ってくださる。
確かにマカロンは(この世では)初めて見た。
食感や味は前世のほうがおいしかった気もするけど、こっちのマカロンもこの世では今までにない食感でおいしい。
陛下はお菓子がお好きなんだなあと今度はスポンジケーキを食べて、空になったはずのお皿を見たら。
ふ、増えてる……?
「レディ・ロジーナ、ボンボンもどうぞ。あとこちら、ウェスティリアで最近話題のタルト・タタンも」
いつの間にやらまた陛下にいろいろ盛られていた。
食器のぶつかる音を一切立てず、お皿に何も載らない状態を作らない。
王妃というよりプロの給仕のようなのだけど、それでいいのか陛下。
どんどん盛られる。
そういえばウィリアム殿下もドレスの生地にと使いきれないくらい布をたくさん送ってくれたなあ。
あれ、王妃陛下からの遺伝だったのかしら。
わんこそばならぬわんこ菓子をされて、そのお茶会は幕を閉じたのだった。




