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16.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、王都へ


晴れて誘拐犯から解放されたわたし、ロジーナ・デュランブであるが。


言うまでもなく、ものすごく叱られた。

一人で水浴びにいってはいけないと。

母からもミス・マレットからもルイーズからも乳母のマノン婦人からも、とにかく怒られた。


そしてわたしもものすごく反省した。

軽率に水浴びにいったら、なんかものすごい結果になった。




エド・リッジ及び青年二人は死罪。

リッジは、領主とはいえ貴族を誘拐し、さらに自領での圧政が問題となったため、王都アダマスで絞首刑に処せられたあと、その遺骸は三日間に渡り広場で観客の目を楽しませた。



エド・リッジが王都に移送されたすぐ後にわたしも王都へ向かったが、タウンハウスでの生活に慣れるのと王妃陛下とのお茶会のための用意をしたりで広場の様子は見にいけなかった。

それがまた「トイレのお姫さまは慈悲深い」とか「トイレのお姫さまは感受性豊かでお優しい」とかの評判になってしまった。

さらには、「ガラナトからの難民を受け入れ、その難民から聞いた領主リッジの圧政に心を痛めて、自ら囮になってリッジからガラナトを解放してくれた」との噂がまことしやかに語られている。



どうしてこんなにこの国の民はわたしに優しいんだろうか。




それにしても。

被害者が生きて帰ってきたのに死罪。

日本人だった記憶があるわたしとしてはやりすぎだと思わないでもないけれど、身分は絶対なのだ。

気の毒ではあるが自業自得だ。


そんな世界で男爵家に生まれたわたしは、王太子妃になるべく、そう、王都にやってきているのでーす……。




***




王都アダマスを囲む高い石壁。

王城を遠く正面に据える街の正門から、わたしを乗せた馬車の列は入った。

門をくぐると、石畳に石造りの建物。

馬車の揺れが一気に小さくなる。

ちゃんと道が平らに舗装されていて、都会という感じがする。


アイオライト王国の王都。

近隣諸国からも王侯貴族がひんぱんに逗留しにくる。

ここ数十年は国内での反乱などもなく、世界でいちばん平和で豊かな都。



しかし。



その街には、わたしの肖像画がいたるところに掲げられていた。

たとえば貴族は利用しないような商店の看板に、あるいは貴族が利用している商店の看板にも。



そしてその肖像画がなぜわたしを描いたものかとわかったかというと、ウィリアム殿下から二月ほど前にトイレ研究所にと送られてきた肖像画とそっくりだったからだ。


女の子の服装は地味な白いドレス。

それも王都の流行りからはちょっと遅れているデザインだ。

対してトイレの便器は様々な色に様々な柄のつけられた、豪華なものばかり。

その二つの対象が並んでいる画。



いくら殿下からの手紙に、


「王都では現在、ロジーナ嬢の肖像画が流行っています。トイレ研究所にも飾ってくださいね」


とあっても、冗談だと思っていた。

送られてきたのはトイレ研究所の装飾用に描かせただけのものかと思った。

こんなに流行ってるとは思わなかった。


だってトイレだよ?




「憂いを帯びた表情で排泄物を入れている壺を見ているロジーナ嬢」

「慈愛に満ちた微笑みを浮かべ自動水流洗浄トイレを見ているロジーナ嬢」


室内では大体がこの二枚をセットにして飾られている。

屋外では後者の「自動水流洗浄トイレと微笑んでいるロジーナ嬢」が圧倒的に人気だ。




グラナトのトイレ研究所にも玄関ホールの両脇に二枚セットで飾ったけれども。

あくまでそれは、「流行病へ対抗する手段を提案した田舎男爵家へ、王室から感謝とシャレを込めてプレゼントされた画」かなって思ってうっかり飾ってしまっただけで。

だって王家から贈られたものを、しかも飾る場所まで指定されて贈られたからにはそこに飾らないと不敬になるし。


まさかこんなにガチで流行っていたなんて!




王都内の位置関係を見ておこうとお忍びで街を出歩いていたら、居たたまれなくなった。

ミス・マレットとルイーズは、わたしのおかげで皆の命が助かったって言っていたけれど、それでもこんなに大々的に飾ってもらわなくてもいいから!

トイレとツーショット画像が出回ってるってものすごい複雑だわ!


こんなトンチキな肖像画、最初に描いたのどこの誰よ!

わたしが王妃になったら全撤去してやるからね!




***




王妃陛下とわたしの二人きりのお茶会は、王城の静かな庭で始まった。



「王都での生活はいかがでしょうか、困ったことがあればいつでも仰ってね」



目の前の美しい王妃陛下、つまりウィリアム殿下のご母堂が、こちらがうっとりするような口調で仰った。



本物の王妃様!

ちゃんとした王妃様だ!



王都に来て一週間。

百戦錬磨って感じのミス・マレットとルイーズでも緊張していたし、わたしも何かちょっとでもミスったら投獄されるのではとびくびくしていたのだけど、お会いした王妃陛下は予想と違っていた。


何というか、全体的に淡い色合いをしていた。

ゆるくウェーブのかかった金髪をおろし、胸下で切り替えた白いモスリンのラウンドガウンのシャーリングは広がり方が控えめだ。

わたしがウィリアム殿下から頂いたのより大きなエメラルドの首飾りが唯一、色がついているように見えた。


陛下はわたしの首にかかるエメラルドを見て、にっこりする。

女のわたし、しかも中身がプラス三十歳のわたしが見ても、非の打ちどころがないくらいお可愛らしくあらせられる。

もうこの人がヒロインでいいじゃん!



「こう申し上げるのを、お許しになってね」


小首をかしげる王妃陛下は、妖精のようだ。


「ウィリアムは、あまりに無私なところがあります。だから、此度の貴女との結婚を言い出したとき、自動水流洗浄トイレのお礼の代わりに王室の椅子を差し出すつもりなのかと思いましたの」


王妃陛下の菫色の瞳が細くなった。


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