15.第一王子の腹の中1
私、アイオライト王国第一王子ウィリアムには、どうしてもロジーナ・デュランブ嬢を娶らねばならない理由があった。
それは、民衆の貴族に対する不満の解消のためだった。
***
むしろこれまでが奇跡的だったのだ。
できるだけ内密に、とはいえ人の口に戸は立てられない。
王家はデュランブ家を優遇しているのでは、と貴族らから嫉妬されれば、デュランブ家が何か事件に巻き込まれることは容易に想像できた。
だから、エド・リッジによる誘拐事件までデュランブ家が襲われなかったのは、奇跡的だった。
「ロジーナ・デュランブ嬢が誘拐されました」
ロジーナ嬢の話し相手にと送り込んだルイーズ・マクギル嬢の父、シ―フィールド伯ロバート・マクギルからその報告を受けたとき、やっぱり、と思った。
「速やかにモントローゼ公爵カーライル家のイアン・カーライル少尉が誘拐犯を鎮圧、ロジーナ嬢を保護したとのことです。なおロジーナ嬢は打ち身とかすり傷程度の軽傷のようです」
続いた報告も、私が想定していた程度のものだった。
ロジーナ嬢には申し訳ないが、これが必要な手続きだったのだ。
グラナト領の隣、ガラナト領領主の領政はいきすぎていた。
領主を止めてほしいという領民からの嘆願書や、隣のグラナト領への移住を申請する書類が王城へ多く届き、王家としても何とかしなければならなかった。
だがそれは難しい。
なぜなら、エド・リッジが貴族の地位になくても領主であるというだけで、いくら民が訴えたとしてもその身分を剥奪することはできない。
身分は絶対的なものだから。
領主エド・リッジをどうするか、エド・リッジを領主から降ろした後のガラナト領を誰が治めるか、父王や政務官と話し合っていたとき、思いついた。
「エド・リッジに申し開きできない罪を犯させては?」
もしエド・リッジがその身分より上の身分の者に危害を加えたら?
有無も言わさず、王城の法廷でその罪を問うことができる。
「エド・リッジが隣のグラナト領男爵の娘を誘拐すれば、リッジの追放はスムーズに済みます。さらに、グラナト領領主デュランブ家がガラナト領から逃げてくる民から事情を聞き、ガラナト領の民を救おうとわざと男爵の娘が囮になったとすれば、ガラナト領をデュランブ家が治めても異議を申し出る貴族はいないでしょう。ガラナトもグラナトと同じくらい田舎ですし。さらにガラナトの民も王都へ向かえる北ではなく、南にあるグラナトへの移民希望が多い。問題はないかと」
政務官があっけにとられた顔でこっちを見ていた。
普段、父王についている彼は、私がこんなふうにしゃべるのを見慣れていないのだろうか。
下水道の整備とかやったんだけどな。
父王は父王で、あまり乗り気ではないようだ。
「アンドリュー・デュランブは確かに素朴なよい男ではあったが、だからこそそのような謀ができるとは思えん。さらにあの娘も、お前が言うように聡明で王妃にふさわしいとは思えんかったが」
「ロジーナ嬢なら大丈夫です。妃教育は順調だと報告がきていますし、何より実際に会うと憎めない娘です。それに国内では私が流布した聖女のような娘だとの噂が信じられています」
まさか「トイレのお姫さま」という呼び名ががあそこまで定着するとは思わなかったけれど。
「グラナト男爵へは根回しだけしておいて、このストーリーを広めるのは私の部下を使います。ついでにエド・リッジへの反感をより強く、グラナト領デュランブ家へは信頼感を増す方向で扇動もします」
父王も政務官も苦い顔をしている。
「確かにデュランブ嬢は『トイレのお姫さま』として民に人気があります」
「グラナトにトイレ研究所の視察にいった貴族らからも、男爵とはいえ貴族なのにあのような田舎で暮らしているなど信じられない、自分らには無理だ、との声が出ているし、ガラナトをデュランブ家が治めることになっても誰も文句は言わんだろう」
二人とも諦めたようにうつむき、私をちらちらと見てきた。
勝った。
私はにっこり笑って、
「では、私はこれより計画を立て、遂行します。民のためにも出来る限り速やかに、必ず父上にも満足頂けるようにいたしましょう」
シ―フィールド伯とイアンを中心に、デュランブ家に派遣している騎士団とも連携し、ロジーナ・デュランブ嬢誘拐作戦は始まったのだった。
そう、ロジーナ嬢には申し訳なかった。
イアンの監視のもと、こちらのコントロール下での出来事とはいえ、ロジーナ嬢には何も伝えずに誘拐事件の被害者になってもらったのだ。
この程度のことで命を落とすようでは王妃になっても長くは務まらないだろうし、何よりロジーナ嬢は丈夫そうだから、エーテルを使うことも許可したのだ。
正直に謝るべきか、墓まで持っていくべきか。
それから私は、ロジーナ嬢が誘拐されたとき、部屋から脱走して一人で川に水浴びしにいっていたというのを聞き、爆笑した。
夜中の川で水浴びって、女神か野生のどちらかじゃないか。
未来の妃が「野生のトイレ」とか呼ばれないよう祈っておこう。
***
誘拐事件があった二週間後、シーズン最後の貴族会議で、ガラナト領をグラナト領に併合することが決定した。
グラナト=ガラナト領という、やたら語呂のいい領ができた。
ガラナトの元領主エド・リッジは、金で準男爵の地位を買った平民にも関わらず、男爵家の娘を誘拐し身代金を要求したこと、及び以前よりの領内で圧政により民をないがしろにした廉で、死罪となった。
グラナト男爵デュランブ家には、エド・リッジの圧政から民を解放した功績と、領が併合されたきっかけで、男爵から伯爵に陞爵する案もあったが、それはアンドリュー・デュランブ本人から辞退してもらった。
これで、どうせ民衆を顧みずに己の地位を守り財を貯めこむことだけにしか関心がない、という貴族の悪いイメージを多少は改善できるだろう。
私がロジーナ嬢を娶る理由。
ロジーナ嬢の家が貴族の中で最も位の低い男爵家であること。
私は革命を防ぎたいのだ。




