11.いつか王妃になる田舎男爵の令嬢、身支度する
「お嬢様、いきますよー!」
「はいよろこんでー!」
コルセットを着ける朝の儀式。
きつくて寝ている間まで着けておく気にならないから、毎朝ルイーズに締めてもらっている。
今日はいつもより一段と強く締められた。
この一年の間に、グラナト男爵デュランブ家の屋敷は様変わりした。
屋敷はミス・マレットとルイーズと侍女たちの部屋を確保するために増築され、ついでに妹と弟も個室を作ってもらい、屋敷の左横には騎士団の宿舎とトイレ研究所が建てられ、王都から送られてくる物資の保管庫にと、屋敷と同じ大きさのサブ屋敷が屋敷の右横に建てられた。
サブ屋敷には視察にやってくる方をもてなす部屋もあるし、本宅より大きな厨房も作った。
料理人のマルタン一人じゃなく、ルイーズがつれてきた料理補助が増えたから、本宅では広さ不足だったのだ。
いきなり羽振りの良くなった田舎男爵の家って怪しいよなあ……。
何か後ろ暗い商売やってそう……。
まあやってるのは商売じゃなくて、王妃になるための何やかやだけど。
木綿ばかりだった服は、絹も混ざるようになった。
絹100パーセントのワンピースの着心地の良さにびっくりしたものだけれど、汚してしまわないか不安であまり着られない貧乏性を発揮している。
たぶん汚してしまっても追加でどんどこ送られてくる絹で新しい服を作れるのだけど、裁縫する人手がね!
村ではみんな、自分や家族の着るものを作るので手一杯。
ルイーズとともに来た侍女たちも、毎日ドレスばっかり作っていられるわけではないし。
「お嬢様、せっかくですからこちらの首飾りもお召しになってください」
鏡の前に立つ私にルイーズがすすめてくるのは、大きなエメラルドの首飾り。
言うまでもなくウィリアム殿下からの贈り物だ。
たぶんうちにある物の中で一番高価だと思う。
むしろ屋敷と家財ひっくるめても足りないくらいだと思う。
万が一のために、これだけはサブ屋敷じゃなくて騎士団宿舎で保管してある。
「少し仰々しくないかしら」
「本日の晩餐のお相手はイアン・カーライル卿ですし、これくらいは」
にっこり微笑んだルイーズの顔は、有無も言わせぬ正論だった。
「そうよね、イアン様ですものね」
王妃教育の賜物、ルイーズと同じ笑みを返す。
今日からグラナト領に王室騎士団のイアン・カーライル少尉が来られる。
数日滞在し、わたしが王都に入るまで護衛してくださるらしい。
そのイアン様をお迎えするために身支度しているのだが、きっとイアン様は護衛だけが目的なのではなくて、一年の王妃教育を受けたわたしを殿下の代わりに見定めるのが本務だと、デュランブ家では推測している。
イアン様は童顔で、殿下と同い年かと思っていたら、実はすでに十八歳になられていた。
大人っぽいルイーズがわたしよりたった一つだけしか歳が変わらないというのも驚いたけれど、そのルイーズがやたらイアン様のことを目上の方のように話すので、おかしいなと思っていたのだ。
「緊張してしまうわ、この首飾り」
「よくお似合いですよ」
「傷つけてしまったらどうしようかと」
「もっと慣れていただかないと困ります、お嬢様。王都に入れば、もっとたくさんつけていただきますので」
王都に入れば、つまり、この国の第一王子の婚約者として公表されれば、ということだ。
首飾りは、三連真珠のトップに五センチほどの大きなエメラルドがついているものだ。
深く透き通るような緑は、小さなダイヤに囲まれている。
合わせて何カラットなんだろう。
台座は白銀。
前世だったら絶対にこんなの手にすることはなかっただろう。
前世の学校で習っていたこととか仕事のこととか、今のわたしの境遇にはほとんど役に立っていないけれど、庶民感覚と田舎男爵家の感覚はけっこう似ている気がする。
こんなんで王都でやっていけるのかしら、わたし。
「それに、エメラルドの緑はウィリアム殿下の瞳の色ですよ。カーライル卿に見せつけてやりましょう!」
殿下から頂いた殿下の瞳の色の宝石。
それを身につけて殿下の使いを迎える。
それってどんなのろけだ!
「こういうの、わたしなんかが頂いてしまってよろしかったのかしら」
「そのような仰り方はお控えくださいませ。殿下がどうしてもお嬢様にお贈りになりたかったのですから」
「でもこのようなものは、本当にお好きな方にお贈りするものでしょう」
「ですから殿下が好いてらっしゃるのはお嬢様だということです」
「そんなことあるかしら」
「あります。断言できます」
ルイーズは殿下の命でわたしのところにやってきた。
だから殿下のお心も知っているのだろうけど、「お嬢様めっちゃ愛されてますぜ!」って感じでわたしには言ってくるのを、どうにも真実かどうか疑ってしまう。
ウィリアム殿下とお会いしたのはただ一度、お話したのはたった数時間。
そのときわたしが話したらしい水洗トイレを実現していただけたのは光栄だけど、それだけで妃にするなんて。
むしろもっと身分が上の貴族令嬢のほうが、賢くて美しくて物怖じしなくて殿下に相応しい方がいらっしゃるのでは。
お断りできないからと王妃教育まで受けてしまったけれど、うまくやれる自信がないわ。
もしかして漫画でロジーナ王妃がああなったのも、あまりに環境が合わなくて、王にも関心を払われず、孤独のせいだったのかもしれない。
それに王の周りの貴族たちも、男爵家から王妃が出るなんて納得いかないと思うもの。
ロジーナ王妃も王城内で冷たく当たられて、性格が歪んじゃったんじゃないでしょうね。
そうだとしたらちょっと同情心が湧いてきてしまう。
「お嬢様はもっと自信を持たれても良いですよ、殿下はお嬢様をお選びになったのですから」
「ありがとう、ルイーズ」
めちゃんこ褒めてくれるルイーズのためにも、自分のためにも、嫁イビリ王妃にはなりたくない。
「それにタウンハウスでは使用人の数も増えますし、こちらでのように奔放に振る舞うことはお勧めできませんから、心苦しいですけどもう少々、おとなしくお願いいたします」
王都ではしばらくデュランブ家のタウンハウスに入ることになる。
タウンハウスのないわたしのために、殿下が用意し、デュランブ家に下賜されたのだ。
いや、わたしのためというより、王子の婚約者が王都に家がないって、外国出身でもないのにおかしいからね。
ウィリアム殿下の、王家の権威が疑われることになりかねない。
手紙によれば「狭いかもしれない」とのことだけど、ぜったいデュランブ家の本宅より広いだろうな……。




