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10.伯爵家の三女、田舎男爵の令嬢の侍女になる2





そうしてグラナト領に入った私は、真実を目の当たりにした。


ロジーナ嬢は確かに欲がなかった。

王都のようにきらびやかなものがあるとは言えない田舎の領で、そこで暮らすことを楽しんでいた。

王家や高位貴族を尊敬しているけれど、同じかそれ以上に領民たちを気にかけ、大切にしていた。

使用人たちと同じものを食べているし、村人の農作業の手が足りなければ手伝いに行きたがった。

……食べるものは殿下が指示して王都から送っているから、多少は豪華になったらしいが、それでも王都の庶民が食べるようなものを食べていた。

そして送られてきた食材は、使用人たちにも食べさせていた。

農作業を手伝うのは、母親のトリエ夫人がそのようにしているからで、ロジーナ嬢本人もそれを当たり前と思っていたからだそうだ。

なるほどこの田舎では、単純に人手が足りない。

いつでも足りない。

慢性的に足りない。

皆で力を合わせないと生きていかれないのだ。



殿下が語られていたロジーナ嬢は偶像だったのか、とも思ったが、目の前にいるロジーナ嬢は、聡明とはまた違う、どちらかといえば天才のように何かひらめくというような、不思議な少女だった。

私よりひとつ年下と聞いていたけど、つかみどころのない幼さがある。


意図せず広まった「トイレのお姫さま」という呼び名には微妙な反応をしていた。

まあ私もその二つ名はちょっと、有り難くはないなあ。




***




「あの、ミス・マレット、ルイーズ」


デュランブ家の夕食のあと、ミス・マレットと明日の予定を確認していたら、ロジーナ嬢がそっと近寄ってきた。


「何でしょう、お嬢様」

「うちの領の食べ物は、ミス・マレットとルイーズの口に合わなかったかしら」


ロジーナ嬢は心配そうにこちらを見てくる。


「いいえ、そんなことはございませんよ」

「その、二人とも、あまり食欲がなさそうだったから……」


ああ、そういうことか。


デュランブ家の夕食は、デュランブ一家と私たち二人が同じテーブルで取っている。

初めて一家の食べるところを見て驚いたのだが、この家族は、とてもおいしそうに食べていた。

食事をするとき、私たち貴族は口を小さくしか開かない。

一度にたくさんの食べ物を口に入れるのは、焦っているようで下品だから。


でもこのデュランブ家では、私たちの二、三倍大きく口を開き、食べる。

それは上品であるというよりは、食べ物をおいしく食べようとしている故のことだと感じられた。

そしてその光景には、ちまちまと悪戯に食事の時間を長くした退屈はなく、食事の楽しみを味わいつくそうというふうに好ましく思えた。

だから、そのことに関しては、王都に向かう一月ほど前から注意することにして、しばらくは食事を楽しむデュランブ家を見守ることにしたのだ。


けれどミス・マレットと私は、身についた癖が抜けない。

ちまちま食べ、ロジーナ嬢に「美味しくないのかしら」と心を煩わせてしまうことになったようだ。


「ミスター・マルタンの料理は美味しいですよ」


ミス・マレットが答えた。

そうだ、それに。

私も答える。


「美味しいですよ。それに、私、自分の家で食べるより、こちらのお家で頂くほうが、美味しく感じます」


実家のマクギル家にいるときより、気が楽になった。

実家では、金髪のお母様と姉妹たちに囲まれて、息が詰まりそうだったから。

メイドたちも明らかに私に哀れむような視線を向けていたし。



でもここでは違う。

私が赤毛でも、ミス・マレットが茶髪でも、ロジーナ嬢が薄く色づいた金髪でも、皆等しく同じ人間で、同じテーブルについて、同じ椅子で、同じ食事をしている。

作法上、同じテーブルにつけない使用人たちも、彼らは彼らのテーブルで、私たちと同じものを食べている。

デュランブ家の方は、家にいる者はみな同じテーブルで良いと常々言っているが、使用人のほうがそれはもったいないと許さないのだ。


いつか王妃になる方の侍女として間違っているかもしれないけれど、私は、このデュランブ家が好きだ。


皆が互いに敬いあい、譲りあい、のびのびと暮らしている。

王城でも実家にいるよりとても楽しかったけど、このお屋敷はもっともっと楽しい。


「私はお嬢様とお会いできて、こうしてお仕えできること、誠に幸せに思っております。もちろんお食事も、実家では食べたことがないほど新鮮で美味しいものを頂いております」


この土地名産の様々なオレンジを使った調味料で味付けされた料理は、どれも甘みと酸味のバランスがそれぞれ巧く取れている。

私がそう言うと、ロジーナ嬢は「よかった」と笑った。






ロジーナ嬢は気づいているだろうか。

ご自分がとても美しいことを。




色の薄い金髪と少し日に焼けてしまっている肌。

ぱっちりした薄青の瞳は透き通って、今まで見たどの令嬢よりも輝いている。

絹のドレスを着るのは緊張してしまうという可愛らしい内面。


何より素晴らしいのは、民のためにと気負わずに、何気なくすっと手を差し伸べるところ。



それは、王族としての誇りを持つウィリアム殿下とは異なる気高さだ。




今はこの田舎にいるロジーナ嬢が、王妃になったら本当にいいのに、と思う。

だから私、シーフィールド伯マクギル家ロバート・マクギルが三女ルイーズ・マクギルは、ロジーナ嬢を王妃にすべく全力を尽くし、またロジーナ嬢が王妃になってからは全身全霊でお支えするつもりである。

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