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六 三上京子の隠しごと

  ―この作品の舞台は、(2017年現在から見て、)未来。いわゆる「近未来」である。

 しかし、科学の進歩は、思ったより緩やかなものなのかもしれず、(科学的に見て)周りの環境は、2017年現在と、ほとんど変わっていない。空を飛ぶ車などは開発されていないし、携帯電話も、2017年版とほぼ同じスマートフォンである。ただ、(当然のことではあるかもしれないが)近未来の法律は、2017年現在とは若干異なっている。

 

 それはさておき、彼、水谷秀哉は、彼女、三上京子の秘密を、知ってしまった気分になった。

 『本当は、今すぐにでも三上さんに会って確かめたいけど、僕、三上さんの連絡先も知らないし、それは無理だな…。

 なら、明日のクラブの練習を、待つしかない!』

彼、秀哉は、1人気合いを入れていた。

 しかし、彼がいくらはやる気持ちを持っていても、夜はそう簡単に、明けてはくれない。

結局彼はその日、自らの体内に出たアドレナリンのせいか、一睡もできなかった。

 

 「三上さん、ちょっと、話があるんだけど…。

 屋上に来てもらっても、いいかな?」

これは、次の日、彼が彼女、京子をクラブの部室で見つけ、言った言葉である。

 「い、いいけど…。」

彼女は少し戸惑った様子を見せたが、彼の誘いを了承した。

 また、周りには他のクラブのメンバーもいたので、

「何だよ秀哉、話って?」

「まさか、愛の告白か…!?」

と、彼の申し出を冷やかすメンバーもいたが、「そんな、軽いものじゃないから!」

と彼はそのメンバーたちに怒鳴り、

「ちょっと来て、三上さん!」

と告げ、足早に部室を出て行った。

 (その後、そのメンバーたちは、

「告白って、軽いもんじゃないよな?」

と、口を揃えて言い、意見を一致させていたが。)


 「で、話って、何?水谷君。」

彼女、京子と彼、秀哉は、屋上に来ていた。その日は8月。天気は晴れで、当然のことながら、直射日光が、彼らのいる屋上にも照りつけて来る。しかし、彼、秀哉は、そんなことも気にならないほど、緊張していた。

 「じゃあ、単刀直入に訊くよ、三上京子さん。

 いや、あなたは、『藤澤玲奈』さん、だよね?」


 「どうして、いきなりそんなこと訊くの?」

彼女は、そう声を絞り出した。

「じゃあ今から、僕の考えを言うから、聴いてね。

 まず、三上さんは、マンドリンの演奏がとっても上手だ。でも、三上さんには、癖があるね。それは…、

『演奏をする左手の、ネックと親指の付け根の部分に、隙間がない。』

ことだよ。

 ちなみに、もちろん三上さんなら知ってると思うけど、マンドリンを演奏する際は、基本的に左手はネックと親指の付け根の部分に隙間ができるように弾くのがセオリーだよね?でも、三上さんは、あんなに演奏が上手なのに、たまに、もちろんいつもじゃないけど、『隙間がなくなってしまう。』って癖が見られるんだ。

 それで僕、ある人のことを、思い出しちゃった。」

そう言って彼は、昔を懐かしむような、そんな表情をした。


 ―8月。中学生の彼、秀哉と彼女、玲奈は、夏休みであったが、マンドリンクラブの練習のため、学校に登校していた。

 「でも玲奈ちゃん、マンドリンの演奏、本当に上手くなったね!」

その時、2人は2人きりで練習がしたかったので、練習開始時間よりかなり早くに待ち合わせをし、部室に入っていた。(そのため、彼は彼女を「玲奈ちゃん」と呼んでいた。)

「そ、そんなこと…あるかもね!」

「そこ、自分で言うの!?」

「だって、秀哉くんがそう言ってくれたんだもん!」

「いや、急にちょっとドキッとするような台詞言うの、反則だよ!」

「あ~ゴメンね~。」

そう言って彼と彼女は、笑った。

 「でも冗談抜きで、玲奈ちゃん本当に、演奏上手くなったと思うよ。

 ただ…、」

「ただ?」

「いや、ただね、玲奈ちゃんいっつも、

『演奏をする左手の、ネックと親指の付け根の部分に、隙間がない。』

って癖、あるよね?それさえ直せば、もっとよくなると思うんだけどな…。」

「え、あ、そうかな…?

 でも、私、あんまり隙間開けると、指を動かしにくいんだ。

 だから、このままでいい気も、してみたり…!」

「あ、そうなんだ。

 まあでも、弾きやすい方法が、1番なのかもね!」

「うん!だから私は、このままで…ね!」

そう言って彼女、玲奈は、屈託のない、笑顔を見せた。―


 「それで僕、思ったんだ。あんなに演奏が上手くて、そんな癖を持ってる人って、そんなにはいないんじゃないか、って。だから、僕は思う。あなたは、藤澤玲奈さんでしょ?

 違う?」

その話の途中から、彼女、京子は、涙をこらえるのに必死な様子であった。そして、意を決した様子で、彼女は、口を開いた。

 「はい。水谷秀哉くん。私、三上京子は、本名を、藤澤玲奈、って言います。

 あの時、勝手にいなくなって、ゴメンね。」

彼、秀哉は、自分の考えが当たっていた、という気持ちは全くなく、彼女の泣き顔を見て、もらい泣きしそうになっていた。そして、

 「玲奈ちゃん、逢いたかったよ…。

 でも、どうして?『三上京子』って名前なの?

 あの時、何があったの?」

彼はそう訊き、彼女、三上京子、いや藤澤玲奈は、口を開き、彼女の身に起こったことについて、語り始めた。


 ―藤澤玲奈は、小さな時から「かわいらしい女の子」であったことは、前にも述べた通りである。

 そしてそれは、彼女、玲奈にとって、喜ばしいことであった―が、それだけではなかった。

 なぜなら、彼女はその「かわいらしさ」ゆえに、ストーカー被害に遭うことになったからである。

 ことの発端は、彼女が小学6年生の時である。その時、ランドセルを背負って下校していた彼女は、見知らぬ男性に、突然声をかけられた。

 「お嬢ちゃん、名前は、何て言うの?」

その男性は、背は高くないが太ってもおらず、いわゆる「中肉中背」であった。また、その時男性は濃いグレーのスーツを着ており、決して周りから「怪しい雰囲気」だと思われる風貌ではなかった。

 しかし、彼女に声をかけたその男性の表情は、(もちろん悪い意味で)ニヤけており、そのことが、彼女の警戒心を増幅させた。

「すみません、私、急いでいるんで、帰ります…!」

 その日、彼女はそれだけを男性に言い残し、足早にその場を去っていった。

 そしてそれ以降、その男性は姿を見せず、彼女にとっての「危機」は終わった、かのように見えた。しかし、それから約1年後、彼女にとっての「悪夢」が、始まった。

 「やあ、お嬢ちゃん。僕のこと、覚えてるかな?」

 彼女が中学1年生になった直後、彼女は再び、男性に声をかけられた。

 最初、彼女はそれが誰なのか分からなかったが、しばらく(ほんの数秒かもしれないが)した後、彼女はその男性のことを思い出した。

 「あっ…!」

声をあげそうになった彼女を、その男性は言葉で制する。

「思い出してくれたみたいだね、藤澤玲奈ちゃん?」

そして、その男性は不敵でいやらしい笑みを、浮かべた。

「どうして、私の名前を…?」

「そんなの、調べればすぐに分かることだよ。

それで、今日は玲奈ちゃんに…、」

「私、帰ります!」

男性が次の言葉を言い終わらないうちに、彼女はその場を走り去った。

 しかし、そこからのその男性の「攻撃」は、凄まじかった。どこで調べたのか、彼女の携帯電話、さらに家の電話にも、男性は毎日、イタズラ電話をかけた。(もちろん、彼女やその家族は電話には出なかったが、留守電をその男性はたくさん入れた。)さらにそれだけでなく、こちらもどうやって調べたのか、彼女の家にも、イタズラと思われる郵便が、たくさん来るようになった。

 そしてその状況は、4月、5月、6月を過ぎ、彼女が彼、秀哉と付き合い始めた、7月になっても続いていた。―


 「だから、私、秀哉くんと付き合うことができて、本当に嬉しかった。嬉しかったよ。でも、私の周りには、そんなストーカーがいたから、不安で、不安で…。」

 彼女の説明は続く。


 ―そして、そんな状況が続いていた8月、彼女の母親が、あるプランを、彼女に持ちかけて来た。

 それは、「ストーカー被害から身を守るための、身元の変更プラン」である。

 何でも、それはストーカー被害を重く見た政府主導で進められ、各自治体が担当している、「ストーカーから身を守る」プランだそうだ。

 具体的には、

・該当者は、ストーカーに握られた個人情報(氏名、住所等)とは異なる氏名、住所等で、生活することができる。

というプランが柱で、さらに、

・情報の秘匿を徹底するため、周囲の家庭等には、該当者がプランを受けることは秘匿しなければならず、やむを得ず情報を公開する場合でも、最低限に限られる。

・具体的には、周囲の家庭等に、新しい氏名・住所等情報を、伝えることはできない。(もちろん、新天地での周囲の家庭等は除く。)

と、いうことらしい。

 このプランを初めて彼女が聞いた時、彼女は、プランを受けるかどうか、迷った。

 確かに、このプランは魅力的だ。これなら、相手に握られた情報を全て捨てて、新しく人生をやり直すことができる。それに、該当者の身辺は警察がしっかり守ってくれる、とのことも聞いたので、安心だ。もちろん、何かあってからでは遅い。

 しかし、このプランを受けるルールは、「周りに自分の新しい情報を、知らせない。」ということだ。と、いうことは…、

 彼、水谷秀哉にも、そのことは伝えてはならない、ということになる。

 ということは、せっかく付き合い始め、両想いになった彼、秀哉にも、何も告げず、離れ離れにならなければならない…。

 そのことを考えた彼女は、よく考え、このプランを断ろうとしたが、彼女の身を案ずる母が、半ば勝手にプランの申し込みを行い、このプランは、遂行されることになった。

 (もちろん、そのことで彼女は母を責める気には、なれなかった。)―


 「それで私は、秀哉くんに何も言えずに、『三上京子』として、あと住所も変えて、人生を再出発することになったの。

 でも、あの時私が言った気持ちは、本当だよ!

 『幸せ』っていうのは、『自分のこと』を第一に考えるんじゃなくて、『相手のこと』、『相手の幸せ』を、第一に考えることで、だから…、

 私のことを秀哉くんが忘れられなくて、悲しい思いをするなら、それは違う、って思って…、

 だから私、何にも伝えられなかったけど、そのことだけは、秀哉くんに伝えたくて、どうしても秀哉くんに言いたくて、それで…。」

彼女がさらに言葉を足そうとした時、黙って話を聞いていた彼が、口を開いた。

 「僕も同じ気持ちだったよ、玲奈ちゃん。あの時も言ったけど、僕も、『幸せ』っていうのは、『自分のこと』を第一に考えるんじゃなくて、『相手のこと』、『相手の幸せ』を、第一に考えることだって、あの時思ったんだ。だから、僕は玲奈ちゃんには、ずっと笑っていて欲しかった。それで、そんな玲奈ちゃんの笑顔の手助けができるなら、僕も本当に幸せだ、そう思った。

 それで、確かに急に玲奈ちゃんがいなくなった時は、ショックだったけど、玲奈ちゃんを1度も、恨んだことなんてないよ。僕はいっつも、玲奈ちゃんのことを、考えてた。

 あと、僕からも1つだけ、玲奈ちゃんに謝らないといけないことがあるんだ。」

「…何!?秀哉くん?」

「僕、実は、玲奈ちゃんだけじゃなくて、三上京子さんにも、惹かれていました。

 三上さんは、玲奈ちゃんと違って、偉そうな所があるけど、マンドリンに対して真剣で、言ってることは的確で、それで、玲奈ちゃんと同じく涙もろくて…。僕、少しの間だけだけど、三上さんのことも、好きになっちゃいました!

 でも、三上さんと玲奈ちゃんって、同一人物だったんだね。僕、それを知って、思ったことがあります!

 やっぱり、僕が好きな女性は、この世に1人だけです!僕が好きなのは、三上京子さん、いや、藤澤玲奈さんです!

 だから、もし、玲奈ちゃんが嫌じゃないなら…、

 僕と、もう1度付き合ってください!」

彼、秀哉からの2度目の告白を受け、彼女は少し泣きながら、答えた。

 「私も、今でも、昔からずっと、秀哉くんのことが大好き!

 今まで冷たくして、ゴメンね。三上京子として、謝ります。

 それで、こんな私でよければ、これから、私と付き合ってください!」

 「はい!」

気づけば、彼の目にも、涙が見える。そして、彼はあの時、初めて彼が彼女に告白した時と同じように、彼女を優しく、抱き寄せていた。


 「でも玲奈ちゃん、三上京子として、どうしてあんなに、みんなに冷たくしてたの?

 今思えば、あれはあれでかわいいけど…。」

「ちょっと、何言ってるの秀哉くん!?」

「あ、ゴメンね。

 でも、ちょっと気になっちゃって…。」

彼、秀哉と彼女は、そのまま屋上に並んで座り、話をしていた。

「まあ、それは…、

 やっぱり、私の地の性格を出すのが怖かったから、ってのが1番かな。どうしても、周囲にバリアー張ってないと、怖くて…。

 だから、みんなにも謝らないといけないね。」

「でも、まあ言い方は置いておいて、やっぱり玲奈ちゃんは言うことは的確だから、見てて頼もしかったよ!」

「そうかな?ありがとう、秀哉くん!」

そう言って2人は、笑った。

「でも、それにしても玲奈ちゃん、マンドリンの演奏、うまくなったね!

 前から玲奈ちゃんは頑張り屋さんだし、演奏も上手くなってるの知ってたけど、玲奈ちゃんが『三上京子』としてこのクラブにやって来てからの初めての演奏、本当に、衝撃的だったよ!」

「そうかな?

 私、秀哉くんと離れ離れになってからも、秀哉くんと繋がっていたくて、マンドリンの練習、頑張ったんだ!

 そしたら、自分で言うのも何だけど、だいぶん演奏、上達した…かな?」

「うん!すごいね玲奈ちゃん!頑張ったんだね!

 僕が言うんだから間違いないよ…って、僕も自分で言うのも何だけど…。」

「そうだね。そこはお互い様だね!」

そう言って彼女は、屈託のない笑みを見せた。この「笑み」を、何度もう1度見たいと思ったことだろう、彼、秀哉は、そんな思いを持った。

 「それでね、この話には続きがあって、そのストーカー、私が高校に入った時くらいに、私へのストーカー容疑で、逮捕されたんだ。」

「へえ~よかったじゃん!」

「うん。それで、私は元の『藤澤玲奈』になって、もう1度秀哉くんの所に帰りたかったんだけど、『まだ危険はある。』ってことで、それは見送られたの。」

「え、ゴメン僕、その辺には疎いんだけど、まだ、危険はあるの?」

「…うん…。

 ストーカー犯罪は今では厳罰に処される傾向があって、その男も、実刑判決を受けたんだけど…。

 もうすぐ、その男の刑期が終わって、出所して来る、らしいんだ…。」

「…えっ!?」


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