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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第8話「池の怪②-榊紘久は化物を知る-」

「やっと着いた……ここか」


 ニュースで見た例の池は、聞いた通り相当辺ぴな場所にあった。下手すりゃコイツの封印されてた山と同じくらい……いや、それ以上かもしれない。

 道を外れ、背の高い草が生い茂る道じゃない場所を踏みしめて歩き続け、何度も現在地を見失った末、ようやくそれらしい場所に来る事が出来た。


 草がなくなり拓けた視界の先には雑木林があり、警察数人が野次馬らしき人を一人遮っている様に見える。俺が言うのも何だが、良くこんな所まで来ようと思ったな。


「おい貴様……」

「何だ」

「目的地は前もって調べておけ! こんな所通らずとも、他に行きようはなかったのか⁉︎」


 奴は道中、足場が不安定だった為に何度か俺の後ろで転んでいたらしい。服や顔が所々土で汚れていた。


「まあ……その点に関しては悪かった。ただ転けたのはお前がドジだからだろ」

「何だと! そういう貴様こそ、実は方向感覚が鈍いんじゃないのか⁉︎」

「何……⁉︎ 鈍くねえわ」


 失敬な奴だな。こんな外れた所に迷わず来れる方が凄いんだよ。俺は方向音痴なんかじゃない。異論は認めん。


「ふん……まあそういう事にしておいてやる」

「うるせえな……」

「で、どうなんだ。痣の疼きとやらは起きていないのか?」


 奴はイライラしながら俺に聞いた。腕を組み、指をトントンと動かしている。なんだかんだで結局付いて来た癖に、テレビを見れなかった事を根に持ってるらしい。ここまで来て何もなかったらタダじゃおかないぞ、とでも言いたげだ。


 ……だがまあ、安心しろ。

 無駄足って事はなさそうだ。


「実はさっきから疼いてる。あそこの池、やっぱり何かいるらしいな」


 そこにだけナメクジが這っているかのような感覚が、左目の下に貼り付いている。

 嫌な感じだ、気持ち悪い。


「ほう、そうかそうか。ここまで来て何もなかったらどうしてやろうかと思ったが、命拾いしたな糞餓鬼」


 奴はニヤリと笑う。

 ほらやっぱり言った。単純な奴め。


「お前は妖気を感じないのか? 蜘蛛の時は分かってたのに」

「……私はそういうの苦手だ。もっと近寄らないと分からん」

「索敵能力は低いのか。【無間の六魔】なのに」

「うるさいな! いいだろう別に!」


 飽きもせずにやいやいと言い合いながら、警察の立つ方向へ進んでいく。

 ある程度近付いた所で、さっきから警察に遮られていた人が野次馬じゃない事に気付いた。袈裟を着ているのを察するに、寺の住職だろうか。


「信じられないのは当然でしょう、ですが私は本当の事を言ってるんです! ここの池には確かに……」

「分かりましたから。現在調査中ですので」


 その人は必死な様子で警察に何やら訴えている様だ。警察はうんざりしたような表情で、あしらうように対応している。


「しかしですね。いくら寺の住職さんの言う事とはいえ、すんなり信じろというのは難しいかと思いますよ。この池に化物がいて、そいつが行方不明者を襲っただなんて」

「ぐ……ですが」

「あまりしつこいと、応援を呼びますよ」


 警察は苛立ちを含んだ声で住職を脅すように言った。

 まあ、そう言われても仕方ないだろうな。一般人がそんな事をおいそれと信じるわけがない。しかもこれは事件だ。人が行方不明になったって時に化物の話なんてしたら、まともに取り合う奴はいないだろう。


 ただし、退魔師以外に限ってだ。

 この人は何か知ってるのかもしれない。


 その住職はまだ何か言いたげだったが、やがて諦めたように項垂れ、振り返った。

 そして、俺達と対面する形になる。

 俺は彼に声をかけた。


「すいません。ちょっといいですか」

「? 君達は——」

「……む」


 住職は俺と奴を交互に見た。

 そして奴と目を合わせた瞬間、ギョッとした表現を浮かべた。コイツの髪の色が目立つから、なんて理由じゃないだろう。


「き、君……その子は? その子が何者か知って……⁉︎」

「妖怪ですよ。それもかなりヤバイ類の」


 彼は生唾を飲み込み、目を丸くした。


 コイツが妖怪だって一目で見抜いた。

 やっぱり妖気を感じ取れてる。


「大丈夫です、コイツにゃ何もさせません」

「チッ……生意気な」

「黙ってろ。それで、話聞かせてくれませんか?」

「……あ、ああ」


 驚きと困惑を露わにしながらも、彼は承諾してくれた。







 俺たちは雑木林を少し離れ、やや狭い道路に出ていた。

 ところで、不可解な事がある。住職さんはどういうわけか、全く迷う事なくここまで到達した。そればかりか、俺が池に着くまでの時間よりも相当短かったし、あの道なき道を通過する事もなかった。ついでにこの道は俺も知ってるし、家からも近い筈なんだが……。


 ……いや違う違う。

 断じて俺は方向音痴とかではない。


「自己紹介がまだだったね。私は榊紘久(さかきひろひさ)という。この近くの寺で住職をやっている者だ」

「はあ……間定鱗士です。どうも」


 簡単に互いの自己紹介を済ませた後、彼はチラリと奴の方向を見た。奴は俺の背後よりやや遠くで、退屈そうに空を見上げている。


「それで、彼女は一体……?」

「百年間封印されてた大妖怪、らしいです。この前どういう訳か、俺の目の前で目覚めまして」

「そ、そんな者を連れていて大丈夫なのかい?」

「ええ。さっきも言いましたが、アイツに人や町は襲わせません」

「それもそうなんだが、君の方は……」

「……ああ、はい。大丈夫です」


 俺は彼からつい目を逸らし、曖昧に答えた。

 生死を共有している……と説明しても、あまりいい顔はしないだろう。


 本題に入ろうと、今度は俺の方から話を切り出した。


「それよりあなた、あの池に化物がいるって言いましたよね。何故ソイツの存在を知ってるんですか?」

「……昔からたまに、妙なものが見えたり、気配を感じたりする事があったんだ。と言っても、ハッキリと見えたりって事はなかったのだけど……。弱い霊感みたいなものかな」

「なるほど」


 霊気ってのは、簡単に言えば妖怪に干渉するための力で、退魔師に限らずどんな人も持っている。ただし、大体の人は実際に干渉出来る程霊気は強くない。

 精々金縛りにあったり、背筋が不意に寒くなったりする程度だ。朧気ながら見た事があるというこの人は、普通よりも少し霊気が強いんだろう。


 因みに妖怪が持つ妖気も霊気と似たようなもので、妖気の弱い妖怪はほぼ人に害は加えられない。

 俺は人間が持つのが霊気、妖怪が持つのが妖気、くらいのニュアンスで捉えている。


「あそこを通ったのは本当に偶然で……ほんの散歩のつもりで通りかかったんだ。いつも同じ所を歩いてたんじゃ味気ない気がしてね……」

「それで、池で化物を」


 彼は息を荒くし、今にも震え出しそうになっていた。呼吸を落ち着かせようと深く息を吸い、改めて口を開く。


「……水面に大きな魚影のようなものが映ったんだ。それの気配を感じた瞬間、走って逃げ出してしまったよ。今まで見たものとは比べ物にならない恐ろしさを感じた。どうにか出来ないかと思ったが、私にそんな力はない。許可を貰って看板を立ててはみたが……結果はあの通りだ」

「分かりました。とにかく池にソイツがいるんですね」


 俺は振り向き、突っ立っている奴を手招いてこちらに呼んだ。


「オイ、こっち来い」

「む……偉そうに呼ぶなたわけ」

「ああはいはい、悪かったよ。それよりお前、警察に見つからないで池まで行く方法とかあるか?」


 あの池に妖怪がいるのはもう明らかと言っていい。この人の証言と、俺の痣の感じからしても間違いないだろう。

 問題はどうやってそこまで行くかだ。警察に見つかると面倒だし、かと言ってモタモタしていればまた被害者が出るかもしれない。師匠なら警察にも顔が利きそうだが、俺はそうはいかないからな……。

 俺に姿を隠す類の術はない……となれば、コイツを当てにするしかない訳だ。


「そうだな……別に貴様なんぞ来なくてもいいが、それでは私の力を見せつける事が出来んからな」

「どうなんだ、出来るのか」

「フッフッフ。私を誰だと思っている? 大正の世に恐れられた大妖怪だぞ」


 奴が不敵に笑うと同時に、周囲に風が吹き始めた。春に吹くものとは思えない程に冷たいそれは、疑いようもなくコイツの仕業だ。

 風は俺達を包むように渦を巻き始める。奴の寒冷色の長髪が風に靡く様は、まるで冷気が視覚化されたかのように錯覚させた。

 急激に気温が下がっていき、俺と榊さんは体を縮こまらせる。


「オイ、バレずに突入する方法だぞ? 誰が冬を再現しろっつった」

「馬鹿にするな、分かっている」


 ムッと口をへの字に曲げ、奴は右手を突き出す。

 手の平は開かれ、上空に向けられた。


「要は見張りを振り切ればいいんだろう?」


 その手がグッと握られる。

 吹き荒れる冷気が球場に圧縮された。

 結果、俺達は乱気流の球に包み込まれた。


「さあて、一気に行くぞ‼︎」


 奴の昂った声が聞こえたのを最後に、俺は何も認識出来なくなった。球の中では冷気が縦横の区別なく吹き荒れ続け、浮かんだ体は制御を失う。視界が目まぐるしく変わり、風の轟音で既に耳も機能を放棄していた。


「おああああああああ‼︎⁉︎」


 こんな訳の分からない絶叫マシンに強制搭乗させられ、叫び声を上げるなというのは無理な話だった。喉に相当な負担がかかるであろう悲鳴を上げた筈なのだが、それすら暴風に飲み込まれ、俺の耳には届かない。


 これは本当にヤバい……いや、本当にこれは!


「よし入った」

「うぐっ……」


 地獄は唐突に終わりを迎えた。暴風は拡散し、俺は地面に投げ出されて呻き声を発する。

 グルグルと回る目で何とか周囲を確認した。俺が倒れているのは土の上で、右側に例のものと思われる池が見える。どうやら俺達はあの状態で高速移動し、正面突破したらしい。


「どうだ糞餓鬼! 私にかかればこの程度造作もない! 少しは私の偉大さが……」

「…………」

「? どうした、顔を青くして」

「……う」


 奴は晒しかけたドヤ顔を引っ込め、口元を押さえたまま踞る俺を見下ろした。今は寄るなと言いたかったのだが、残念ながら限界——


「オエ……ゲッホォ‼︎」

「‼︎‼︎‼︎⁉︎」


 ソレ(・・)はどうしようもない力をもって胃から押し寄せ、食堂を伝い、俺の口から吐き出された。あの整備不良な乗り物によって、俺の三半規管は揺さぶられに揺さぶられていたのだ。生々しい音を立てて地べたにボトボトと落下するソレ(・・)を見て、奴は悲鳴を上げて飛び退いた。


「うわああああああ‼︎ 何やってるんだ貴様⁉︎」

「誰のせいだバカ妖怪! あんなん酔うに決まって……ウッ——」

「止めろたわけ! 向こう向け‼︎」

「テメエがどっか向いてろ……」

「大丈夫かい⁉︎」


 榊さんは心配そうに俺の背中をさする。

 何でアンタは平然としていられるんだ。

 宇宙飛行士の訓練にあれと似た様なのがあるらしいが、多分そんなもん比じゃないくらいえぐかった筈なのに……。


「はあ……全く軟弱な奴だな。その有様で私の蹂躙劇を見られるのか?」

「この野郎……」


 一方的に言われるのは腹立たしい。

 そう思って反論してやろうとした時だった。


「っ!」


 痣の疼きが強まった。俺達が近づいて来たのに気づいたらしい。


「オイ、来るぞ——」


 一瞬だった。

 疼きに気を取られ、ほんの一瞬だけ奴から目を離してしまった。一瞬前まで奴は俺の目の前に立っていて、俺を見下ろしていたのに。


 奴が一瞬でこの場から消え去り、池の中心から水飛沫が上がった。


「……⁉︎」

「君、マズイんじゃないか⁉︎ 彼女既に……」

「いや、まだ死んでません……俺が生きてますから」

「……は?」


 榊さんを落ち着かせつつ、俺はようやく立ち上がり改めて周囲を見渡す。誰もいない。警察がここで捜索中の筈なのに。


 遅かったって事か……。


「……疼きが遠くなっていく。池の底に潜ってんのか」


 この池、どうやら見かけ以上の深さらしい。

 どんどん妖気が離れていく。

 下へ下へと離れていく……。

 とても俺が潜れる深さじゃなさそうだし、鎖も届かない。


 奴に任せる他なかった。







「グ……ガボッ……⁉︎」


 私とした事が……!

 いつの間にか水中に引きずり込まれたらしい。水面がどんどん視界から遠ざかっていく。体には太い綱のようなものが絡みつき、手足の自由がきかない。碌に抵抗も呼吸も出来ずに、私は底の方へと沈み続けている。


「グフッ。運が向いてきた! 昨晩からゾロゾロと得物が来よる!」

「グ……」


 誰が貴様の獲物だと……⁉︎

 身の程知らずが……覚悟しておけ。

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