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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第7話「池の怪①-居間の二人とテレビ-」

 周囲は静寂に包まれ、黒く塗り潰したように真っ暗な夜空。そこには点々とした星と、一際目立つ三日月が浮かんでいた。普段なら誰も通る事などない殺風景なこの荒地の中心には、直径四十メートル程の池がある。

 そして今、珍しくも三人の中年の男がここに来ていた。全員が一本ずつ、自分の釣竿を持って。


「ここまで来といて何だが、本当にいるのか? そんな大物が」

「馬鹿、それを確かめに来たんじゃねえか。噂を所詮噂と一蹴する奴は、後悔するに決まってんだ」

「ハハハ、いい事言うな。何十メートルの大物がいるなんて確かに馬鹿げてるが、まあ楽しめりゃいいだろ」


 三人は和気藹々と語り合う。

 彼らはこの池に関するある噂を耳にし、夜も遅くにここへやって来ていた。それは、通常ではあり得ない程の巨大魚がここにいる、というものだ。

 当然真に受ける者などいない。彼等もまた酔狂で訪れただけだった。


「でもよお、さっき『立入禁止』って看板あったぜ? 何か他にも色々と書いてたし」

「何ビビってんだ。あんな安っぽい看板、誰かのイタズラに決まってるぜ」

「いや、そうは言っても」

「おいおい、お前もコイツに何とか言って……」


 男の声を遮るように、池の中心から水飛沫が上がった。

 二人は突然の事に驚愕し、そして気づいた。

 メンバーの一人がこの場から消えている事に。


「ア、アイツ池に落ちやがったのか⁉︎」

「待て、それにしちゃ飛沫の位置が……」

「じゃあどこ行ったってんだ! 釣竿だけここに置いて!」


 二人は混乱した。

 自分達に何が起こっているのか、消えた一人はどこへ行ったのか。何もかもが分からない。


 ただ、しばらくしてから何かの咀嚼音が聞こえている事に気がついた。グチャグチャ、クチャクチャと、耳障りで不安感を煽られる音。二人はただ怯えるしか出来なかった。


「だ……だから俺は止めとこうって! そう言ったじゃねえかよ!」

「俺のせいってか⁉︎ よく言うぜ、お前もアイツも乗り気だったろう! 俺のせいじゃ」


 ここで男たちの会話は途切れた。さっきの一人も含めて全員、持っていた釣竿を残し、何かに池へと引きずり込まれたのだ。彼等自身に何が起きたかも分からないまま、一瞬のうちに三人の男が水飛沫を上げて消えた。


 そして数秒後、不気味な咀嚼音だけが池の中から響いていた。







「オイ糞餓鬼!」

「…………」


 土曜日——せっかく学校のない日に、静かに趣味の読書に興じていたというのに。奴は遠慮も何もなく、ただただ騒がしく俺の部屋に侵入してきた。


「何だよ午前中もいい時に。休みの日くらい静かにさせてくれ」

「知るかそんな事。それより居間に来い!」


 奴はいつになく興奮しているようで、目を輝かせて鼻息を荒げながら俺の腕を引っ張ってくる。その様はまるで新しいおもちゃを見せつけた子供の様だ。


「うるせえな、もう……。俺の事殺したいんじゃないのかよお前は」

「どうせ今は無理なんだから後回しだ。いいから早くしろ!」


 こうグイグイと腕を引っ張られては、読書なんか出来やしない。観念して椅子から立ち上がり、奴に引っ張られるままに居間まで歩かされた。


 大妖怪が何をそんなにはしゃぐ事があるんだよ、全く……。


「おい、あの……てれび? とかいうカラクリはどうやって操作するんだ⁉︎」

「テレビ? ……ああ、百年前からしちゃ珍しいわな」


 奴が指差す、純和風な日本家屋のうちに不似合いな薄型テレビには、バラエティ番組のロケ映像が映し出されていた。奴は俺から手を離し、テレビをペタペタと触っては感嘆の声を漏らしている。


「ここに映ってるのを変えられると景生が言っていたぞ! どうやるんだ⁉︎」

「分かったから画面を触るな。指紋で汚れる」


 奴をテレビから引き剥がし、横に置いてあるリモコンを手に取る。特に何を見たいという訳でもないし、コイツもそのあたりを理解してるとは思えないので、適当なチャンネルのボタンを押した。

 画面が一瞬で切り替わる。そこには博物館のリポートをしていると思しき風景が映し出された。


「おおおおお……‼︎」


 奴はテンプレ通りのリアクションを取り、また画面にへばりつく。今に始まった事じゃないが、色んな意味で子供っぽい。


「もっと離れろ。見えないだろ」

「凄いなあ……こんな小さな板の中で何が起こってるんだ……?」

「気持ちは察するがとりあえず離れろ」

「ああ、何するんだ!」


 再びテレビから奴を引き剥がそうと試みる。

 木にくっついたカブトムシ並に粘ったが、「テレビが壊れるから離せ」と言うと途端に大人しくなった。

 意外と聞き分けいいな。


 そのまま流れで、俺と奴は卓袱台の前に座りながらテレビを眺め始めた。


「そういや師匠は?」

「どこかへ出かけていったな。しばらく帰らんとか言っていたぞ」

「仕事か……」


 俺は卓袱台に頬杖をつく。

 師匠はたまに、仕事でここを数日間留守にする事がある。仕事というのは、もちろん退魔師としてのだ。

 師匠はかなりの腕利きとして名が知れ渡っており、各地から依頼が来るのだ。

 時々お土産を持って来るのだが、一度デカイ角の様な物を持って帰って来た事があった。退治した妖怪のものを戦利品として持って来たらしいが、置き場に困った挙句に現在は庭に突き刺さっている。

 ツッコミ所は多いが、気にしてはいけない。


「そんな事より、このはくぶつかんというのは何の為の場所なんだ?」

「……昔の貴重な物とかを展示してんだよ」

「? 何の為にそんな事をする」

「そういうのが好きな人もいるんだ」


 この前蜘蛛と戦った時あたりからだろうか。コイツは相変わらず俺の事は糞餓鬼呼ばわりだし、俺は俺でバカ妖怪と呼んだりするが、こんな感じで普通の会話をする事も増えた。

 何というか、コイツが近くにいる事に慣れてきたのかもしれない。


「おい糞餓鬼、お茶」

「っ……自分で淹れろバカ妖怪」


 それでもコイツには腹が立つし、しょっちゅう喧嘩もするが。


「大人しくテレビ見てろ」

「フン。確かにその方が貴様と話すよりも有意義に違いないな」

「…………」


 やっぱり腹立つわコイツ。

 絶対仲良くなれる気がしない。


「おい、そろそろ別のやつを映してくれ」

「へいへい」


 まあテレビ見せときゃ、しばらくは静かになるか。

 俺はまたリモコンの適当なボタンを押した。またもや画面が切り替わり、スーツ姿のキャスターがニュースを読み上げる映像が流れ始める。


『——続いてのニュースです。昨夜未明、異寄町(いよせちょう)で三人の男性が行方不明になり、現在も捜索が続いています』


 タイムリーに嫌なニュースだ。

 異寄町ってここじゃねえか。


『三人が行方不明になったこの池には、彼らの所持品と思われる釣竿が残されていました。普段は全くと言っていい程人通りはなく、住宅街からも大きく外れています。また、妙な看板が随所に立てられており……』


 そんな人気のない所で釣りしようとしてたのか。俺には良く分からんが、そういう場所には何か秘境的なそそるものでもあるのかもしれない。実際似たような事件って多い気もするし。


「……ん?」


 何の気なしにテレビを眺め続けていた俺だったが、切り替わった画面に気になる物が映った事で前のめりになる。


 それは今キャスターが言った、妙な看板なのだろう。ホームセンターで売ってるようなベニヤ板に角材をくっつけただけの安上がりな外見で、町が設置した物ではないと一目で分かった。誰かがイタズラで立てた、そう思われても仕方ない。

 だが俺は、そこに赤いペンキで書かれた文字に引っかかりを感じた。


「『化物が出ます』……?」


 その看板が映ったのは僅か数秒程度だが、確かにそう書かれていた。

 化物とは、何を指す言葉なのか。俺は退魔師という事情故に、真っ先に妖怪を連想した。


「いや、まさかな……けどもしそうなら……」

「何だ、急にブツブツと気色悪い」

「うるせえ。ちょっと出かけるから付いて来い」

「は? 嫌だぞ私は……ってうわ⁉︎」


 俺は立ち上がり、ゴチャゴチャ言おうとした奴を問答無用で鎖でグルグルに縛った。その時間、腕を動かし始めてから三秒足らず。

 霊気で多少なりとも鎖の動きをコントロール出来るからこそのものである。我ながら中々の腕前だ。


「止めろたわけ! 私はもっとてれびを見ていたい! どこかへ行くなら貴様一人で行けばいいだろうが!」

「お前を家に放置出来るかバカ。今のニュース、ちょっと気になるんだ。本当に妖怪絡みかは微妙だが、一応お前もいた方が安全だろ。頼りになるからな」

「!」


 胡座の姿勢のまま、喚きながら駄々っ子の如く抵抗していた奴だったが、「頼りになる」のワードに反応してピタリと静かになった。


「……いや、騙されんぞ。この前の蜘蛛の時も、貴様私を乗せたんだろう? 今回もそうに決まっている」


 かと思えば、ジト目で俺を睨み始めた。

 流石に学習し始めたか。

 しかし。

 人も妖怪も、本質はそうそう変わらない。

 押し切ってやる。


「何言ってんだ、本当だよ。確かにこの前はお前を嵌めた……何故か分かるか?」

「?」

「お前の全力を、この目に焼き付けたかったからだ。当時最強と呼ばれた妖怪——【無間の六魔】の一匹がどんなに凄い存在なのかってな」

「…………」

「何せ碌に記録が残ってないんだからな。是非見てみたいってのが人情だろ? けど結局あの時はそれが叶わなかった。だから……今回こそはその勇姿がこの目で見れると思ったんだ。けどまあお前が嫌なら仕方ないか……無理強いは良くないし」

「……フ」


 奴は途中から顔を伏せていた。

 そのため立っている俺には奴の表情は窺えない。

 ……窺えないのだが、誰がどう見てもニヤついている。それはもう上機嫌な様子で、ニヤついている。


「フフフ……まあ、貴様がどうしてもと言うなら? 見せてやらん事もないな……。いやあ全く仕方ないなあ! フハハハハ!」


 ほらな、チョロい。


「おい、行くからこの鎖は解け」

「期待してるぜ大妖怪」

「フフフ! いいぞもっと呼べ!」

「お前さえいりゃ怖いものなしだぜ大妖怪」


 ……チョロ過ぎてコイツの事が多少心配になるが、まあいい。念の為の視察といこうか。

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