表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
69/70

第68話「臆病者」

 せっかく現れたというのに、守助は既に役に立たない。冬汰に睨まれた瞬間から、見事と言いたくなるほどに怖気づいている。妖怪だけでなく、人間相手にもこのびびりよう。普段なら面白いが、今に限っては目も当てられない。


「……怖いなら関わらないほうがいい。君のような人を守るために僕らがいるんだ」


 びびりすぎて、冬汰ですら戸惑い気味にそう言う始末だ。どうしようもないな。


「クソ」


 魚モドキが墜落するように迫ってくる。今の私では躱せない。当然、防げもしない。詰みか……。

 思わず下唇を噛んだ。己の体たらくに、腸が煮え繰り返る。なんてざまだ。


 そう思ったときだった。

 魚モドキの進み方がおかしいと気づく。


「あ……?」


 落ちてくる方向が、私と鈴から逸れていた。真っ直ぐこちらに向かってきていない。あのまま行くと、私の頭より上方向へ落ちる。

 着弾点に気づき、目を見開いた。


「っ⁉︎」


 冬汰までもが息を呑んでいる。奴にとっても予想外の事態らしい。それもそうだ、なぜそっちに狙いを定める必要がある。冬汰の理念からしてあり得ない。


「へ……?」


 魚モドキにようやく気づき、守助が間抜けな声を漏らす。


「いやちょ、なにアレなに⁉︎ なんで俺の方来てんの⁉︎ ねえ!」


 そして自らに突っ込んでくるそれに、激しく狼狽し叫び出した。


「ギャアアアアアーーーーーーーー‼︎」

「戻れッ!」


 守助ほどみっともなくはないが、冬汰も同じくらい焦っていた。紙束を開いて一声発し、魚モドキを引っ込める。

 うずくまった守助は無傷で済んだが、全員が混乱の渦に落ちた。


「どうなってる⁉︎」

「守助貴様なにをした……?」

「なんもしてねえよ! なんだよもう怖えなあ! てか氷凰ちゃん大丈夫それ⁉︎ 肩やべえんだけど!」


 やかましい……傷に障りそうだ。なんか存在にイラっとする。

 無駄に額に青筋を立てて守助を睨む。同時に、奇妙なものが目に映った。


「お前……なに光らせてるんだ」

「光らせる? 俺そんなん持って——」


 言い終わる前に、守助は目を丸くした。ズボンが光っている。衣嚢の辺りが、ほんのりと琥珀色に輝いている。

 恐る恐る手を突っ込み、光源を取り出した。守助の手のひらで光が強まる。


「…………なにこれ」

「私が知るか!」


 思わず叫んでしまい、吹っ飛んだ肩が痛む。

 いやしかし本当になんだあれ⁉︎ 守助が狙われたのはあれのせいか? どういう原理で……。


 一度冷静に考える。魚モドキはなにを頼りに鈴を狙った。恐らくは鈴の妖気。

 もしやと思い妖気を探る。なんの圧も感じない、脆弱な妖気。それが二つ存在した。私が抱いてるものと、守助が握っているもの。


「なるほど、囮。そんなものを持っていたのか」


 冬汰が忌々しげに吐き捨てた。そしてゴミを見る目でこちらを見下ろす。

 その面引っ叩いてやりたいが、動けないし私も同じ結論だった。鈴がどこまで意図しているのかは知らんが、守助を囮に危機を回避した……この状況はそうとしか思えない。


「君、早くそれを捨てろ。持っていると碌なことにならないぞ。さっきは防げたが、今みたいな事故がまた起こりかねない」

「は……? あ、これ抜けた鈴の角だ」


 角? 確認する元気はないが、こいつそんなの生えてたのか。それを切り離して囮に使った。

 こいつがそんな狡猾には見えないが……鱗士の推測が事実と仮定すれば、それくらいの手段は持っていてもおかしくない。


「微弱だが妖気を放ってる。無害とも言いきれない。下手したら君に妖気が移るぞ」

「…………」


 へたれた顔で、守助は私と鈴を見た。この体たらくをジロジロ見られるのが癪で、眉間に力が入る。特にそんな目をするのはやめろ。私はそんな惨めじゃない。


「……まあいい。本体が死ねば、囮も効力を失うだろう」


 紙束がめくられる音。

 愛想を尽かせた冬汰の無慈悲な声。


「“壱号(いちごう)”」

「……っ」


 現れたのは、歪な人形をした式神だった。腕が大きく前傾姿勢で、ぶよぶよの皮と骨のような頭。腕力任せに襲いかかってくるというのが見え見えの巨人だ。


 ああくそ、今度こそまずい。あの囮が通用するのは、こちらが視認されていない状況下……もしくは魚モドキに対してだけだ。今の冬汰が惑わされる所以がない。

 苦し紛れに氷柱を放つ。しかし情けないほど威力が出ず、巨人にぶつかっては無様に砕けた。


「もういいだろ。君は殺さない。鱗士を死なせたくないからな」

「やかましい……ッ」


 巨人がのしのしと、重たい足音と共に近づいてくる。このまま目の前に来られて、見下されて、拳を振り下ろされる……。予知の如くその光景が浮かんだ。

 あんな式神、全力でなくとも一撃で破壊できるだろうに。なんたる屈辱だくそ……くそ! どうにかできないか⁉︎


「……妖気が移る?」


 守助がぶつぶつなにか言ってるが、耳に入らない。

 せっかく来ておいて、役に立ったのはほんの一瞬だったな。それも時間稼ぎにしかならなかった。期待はしてなかったが、本当にあいつは……。


「…………移ったら、俺にも」


 役に立たな——

 ……待て、あいつなにを言ってる?


「守助?」


 首を傾ける。

 守助が口を開け、震える手をそこに近づけていた。


「貴様なにを……!」

「南無三ッ‼︎」


 私が叫んだのにつられ、冬汰の視線も守助に流れる。目を剥き息を呑むのが、気配で伝わってきた。


 守助が、鈴の角を呑み込んだ。


「ングッ……」

「…………」


 私は絶句した。

 妖気の宿ったものを呑む、という話は聞いたことがある。そうして体に妖気を宿す術は、あるにはある。守助はそんなこと知らなかったはずだ。さっきの冬汰の言葉から推察しての行動だろう。この状況を……鈴を助けるための。


 あの守助が。あの臆病者が。


「なんてことをするんだ⁉︎」


 これまで聞いた中で、最も取り乱した様相の冬汰の声。いきなり現れた根性なしの、予想だにしなかった突飛な行動に、凄まじいほど取り乱していた。


 守助の様子が変わる。

 凡人の霊気が、妖気へと置き換わってゆく。


 数秒呆然としていたが、私の口角は自然と上がっていた。その決断がどうであれ、冬汰が取り乱したのは愉快だ。よくやった守助、さっきは悪かったな。見直したぞ。


 しかし、取り込んだ妖気は鈴のものだ。焼け石に水な気もしないではないが、あるいは。

 さてこの後どうなる……?


「“壱号”、早くやれ!」


 冬汰が式神に指示を飛ばす。とにかく鈴を消すのを優先させている。まあそうだろうな。そうすれば守助が取り込んだ妖気も消えるかもしれない。


「……っ」


 巨人の拳は、もう目の前だった。


「やめてくれッ‼︎」


 守助が叫んだ。地を蹴る音。

 そして、異様に高ぶる妖気。


「おらあああああああああああああああああ‼︎」


 勢い任せの拳が式神に命中。

 その上半身が、跡形もなく消し飛んだ。


「ッ⁉︎」


 冬汰が絶句する。


「ハッ!」


 私は声を上げて笑う。


「うぎゃああああああああああ⁉︎」


 なぜか守助が泣き叫ぶ。

 本当になんでだ。


 ともかく、天秤はこちらを味方したらしい。

 鈴は守らせる妖怪、それが事実だとしよう。守らせる相手が、必ずしも力を持つとは限らない。そんなときにどう守らせるか。


 答えは、守らせる力を与える。方法は、守助がやってみせた通り。そういうわけだ。


「今の俺がやったの⁉︎ マジ⁉︎」

「まじだ。貴様、体はなんともないか……」

「今のところ……あれ、俺もしかしなくてもヤベーことした……?」

「やばいなんてものじゃない! なんて馬鹿なことをしたんだ‼︎」


 感情のままに冬汰が叫んだ。守助の肩が過剰に震える。多少見直したが、やっぱり情けないなこいつ。


「君の目には、これから嫌でも妖怪が映る! それだけじゃない、半端な霊気や妖気は奴らにとって格好の的だ! 命だって脅かされる!」

「…………」

「それは君に、自分を守らせようとしているだけだ!いいように使われているんだ! 君の身が滅ぶまで、それは君を使い潰すぞ‼︎」


 鈴を乱暴に指差し、がなり立てる。冬汰の声がどんどん声が荒くなる。

 対照的に、守助は妙に落ち着いていった。


「……いいよ、それでも」

「いいわけないだろ‼︎ その思いすら作られたものだ、偽物だ‼︎」

「かもしんないけど……。どっちにしろ俺は、多分こうしてた。やらなきゃいけなかった!」


 私は押し黙る。

 ……こいつ、本当に守助か?

 さっき自分の拳に驚き喚いた男か?

 これがあの臆病者か?


「君は分かっていない! この力はいいものなんかじゃないんだ……‼︎」

「知ってる!」

「っ」


 即答だった。

 冬汰は面食らい言葉を詰まらせる。


「……知ってる」


 同じ台詞を、噛み締めるようにもう一度。

 

「だから間定は、生きたまま死んだんだろ?」

「……鱗士を知ってるのか?」

「…………」


 守助の口振りに違和感を抱く。

 生きたまま死んだ。それは、鱗士の過去の話のことだろう。由于夏に話しているのを私も聞いた。比喩でそう言ってもいい話だ。


 しかし、なんでこいつが知っている? 守助と知り合ってまだ間もない。話す機会も状況もなかった。


「俺も死なせた一人だから……。見て見ぬふりはもうしない」







 クラスに変な奴がいた。いつもオドオドと周囲を見渡していた。時々具合が悪そうに、左頬の痣を押さえていた。いつの間にか怪我をしていた。助けを求めるような目で見られたこともある。なにがそんなに怖いのか、分からない。


 小学四年、十歳の頃。

 吉城守助は、間定鱗士が苦手だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ